
能登半島の伝統的な発酵文化を、現代的なビジネスモデルで守り抜く。震災復興の歩みが続く中、単なる寄付ではない「持続可能な経済循環」を生み出そうとする動きが注目を集めている。地域に眠る未利用資源に光を当て、福祉と連携することで、伝統調味料「いしる」の未来を切り拓く新たなプロジェクトが始動した。
年間30万円の廃棄コストを「地元の富」へ。さすらい食堂が描く能登復興の循環モデル
株式会社さすらい食堂は2026年1月3日、能登・輪島の伝統発酵調味料「いしる」の製造過程で発生するイカの端材を活用した「冷凍いしる干しイカカレー」の復興応援プロジェクトを公開した。
石川県輪島市の老舗「舳倉屋(へぐらや)」では、主力商品である「イカのいしる干し」を製造する際、形状が不ぞろいな端材が年間を通して大量に発生する。これまでは味に遜色がないにもかかわらず、商品化が困難なため産業廃棄物として年間約30万円ものコストをかけて処理されてきた。本プロジェクトは、この捨てられていた“うま味の宝物”を譲り受け、高付加価値な商品へと昇華させる試みである。
【SDGsと復興】「福祉・食・伝統」を掛け合わせた独自のバリューチェーン
他社の復興支援商品の多くが既存製品の販売に留まるなか、本取り組みの独自性は「バリューチェーンの再構築」にある。
最大の特徴は、製造拠点を石川県白山市の就労継続支援B型事業所「生きがいワークス白山」に置いている点だ。未利用資源を活用することで原材料費を抑えつつ、その余力を地域福祉における「継続的な仕事と工賃(収入)」へと還元する仕組みを構築した。また、品質への妥協を排し、あえて「冷凍」を選択した点も戦略的だ。レトルト加工で懸念される風味の劣化を避け、「一番おいしい状態」を閉じ込めることで、支援という文脈を超えた「純粋なグルメ商品」としての市場競争力を確保している。
「困っている人のそばに立ち続ける」旅する料理人が抱く復興の哲学
このプロジェクトを牽引するさすらい食堂代表・北村武男氏の原動力は、自身の被災体験に基づいた哲学にある。阪神淡路大震災や東日本大震災を経験し、ボランティアとして現場に立ち続けてきた北村氏にとって、支援とは一過性のイベントではない。
「単なる復興応援ではなく、能登・輪島の伝統食文化を広く伝えたい」という言葉の裏には、被災地のアイデンティティである食文化が途絶えることへの強い危機感がある。舳倉屋の女将・岩崎律子氏が「これまで捨てるしかなかったものに新しい命を吹き込む挑戦」と語るように、そこにあるのは供給者と消費者の関係を超えた、文化の継承者としての連帯である。
地方創生のヒント:未利用資源の活用と地域連携が生む「三方よし」の形
本プロジェクトからは、現代のビジネスにおけるサステナビリティの具体的な実践法を学ぶことができる。
まずは「負のコストの資産化」である。年間30万円の廃棄費用を、地域の雇用を生む原資へと転換したサーキュラーエコノミーの実践は、多くの地方企業にとってモデルケースとなるだろう。次に「物語性の高い地域連携」が挙げられる。原材料の輪島、製造の白山、そして企画の松山という、広域かつ顔の見える関係性が、消費者の共感を呼ぶ大きな要因となっている。
震災から立ち上がる能登の力強い「うま味」を閉じ込めた一皿は、効率性のみを追求してきた既存のサプライチェーンに対し、地方創生における「稼ぐ力」と「守るべき文化」の共存の形を提示している。



