
「水田から生まれるものは、何一つ無駄にしない」という執念にも似た理念が、日本農業の停滞を打破する。規格外米を付加価値の高い甘酒へと昇華させ、未利用資源に新たな命を吹き込む穴太ホールディングスの挑戦を追う。
農水省も認めた「地産地消」の新たな旗手
2025年12月、農林水産省が主導するニッポンフードシフト表彰事業『FOOD SHIFTセレクション』において、一つの甘酒が「入賞」の栄冠に輝いた。株式会社穴太ホールディングス傘下の「The北海道ファーム」が手掛ける「北の甘酒スマリ」である。本賞は、改正食料・農業・農村基本法の理念に則し、地産地消や国産材の消費拡大に寄与する産品を厳選するものだ。単なる味の評価ではなく、持続可能な食料システムへの貢献が問われるこの舞台で、北海道栗山町の米農家が作った甘酒が専門家から高く評価された事実は重い。
規格外米を「負の遺産」から「高付加価値商品」へ
他社の甘酒と一線を画すのは、原料の徹底した再定義である。通常、粒の大きさや形状で弾かれる規格外米は、農家の所得を圧迫する要因となってきた。同社はこの課題を逆手に取り、自社ブランド米「おぼろづき」の規格外品を主原料に据えることで、圧倒的な品質と資源循環の両立を実現した。生産から加工、販売までを自社グループで完結させる垂直統合型の「SPAモデル」を採用し、中抜きを排しながら品質管理を徹底している。また、アイヌ語でキタキツネを意味する「スマリ」を冠したブランディングは、地域の歴史と自然をデザインに落とし込み、贈答品としての情緒的価値を付与することに成功した。
異業種グループだからこそ実現できた「農業経営」の哲学
背景にあるのは、代表取締役の戸波亮氏が掲げる「農業の自律」という哲学だ。葬祭業を祖業とする穴太ホールディングスが農業に参入したのは2013年のこと。異業種での知見を活かし、同社は農業を単なる伝統継承の場ではなく、収益を生む持続的なビジネスとして設計し直した。「水田から生まれるものは、何一つ無駄にしない」という理念は、甘酒製造に留まらない。得られた収益を次なる農機具や設備の導入、そして海外販路の開拓に充てるという好循環こそが、農業の持続可能性を支える基盤となる。今回の入賞を契機に、同社は自社製造設備を他地域の農家にも開放し、全国の特色あるお米を甘酒として商品化する地域連携プラットフォームへの発展も見据えている。
現代ビジネスの処方箋。未利用資源から利益を生み出す「再定義」の思考
北の甘酒スマリの歩みは、現代のビジネスパーソンにとって、SDGsを単なる社会的責任から成長戦略へと転換させるための好例といえる。規格外という欠陥を資産に変える発想力、川上から川下までを握ることで市場の価格競争に巻き込まれない体制、そしてグループ全体のシナジーを活かしたリスク分散。これらは全ての産業に通ずる戦略的示唆に富んでいる。「水田から生まれるものは、何一つ無駄にしない」という戸波氏の言葉は、資源制約の時代を生き抜くための経営指針そのものである。日本の水田が抱える課題を、技術と哲学で利益に変えた穴太ホールディングスの挑戦は、停滞する地方経済に射し込む一筋の光明といっても過言ではない。



