ベトナム中部クアンナム省 にヌオクーイ(Nuoc Ui)小学校(画像提供:ミダス財団)
「世界中の人々が人生の選択を自ら決定できる社会」というビジョンのもと社会貢献事業を行う、一般財団法人ミダス財団(以下、ミダス財団)。
ミダス財団は2024年12月、ベトナム中部クアンナム省 にヌオクーイ(Nuoc Ui)小学校を建設しました。
このベトナムでの学校建設計画は、ミダス財団と教育局との協議により決定され、いずれの学校も支援の行き届かない最貧地域に位置しています。
海外での学校等児童福祉施設の建設において7校目となる本校は山間部に位置しており、老朽化が進んだまま使用され、整備を待っている状態でした。
建替えにおいては、ベトナム出身であり世界的に活躍する建築士であるVo Trong Nghia(ヴォ・チョン・ギア)氏が設計を担当。
天井に張り巡らされた竹が印象的なこの校舎は、どのように設計されたのでしょうか。ミダス財団 事業統括の玉川絵里氏が、その歩みを聞きました。
政府の支援が行き届かない地域に、自然と調和する美しい校舎を
この度、ベトナムのヌオクーイ小学校の建設の設計を引き受けてくださった理由を教えてください。
そもそも、このお話をいただいたきっかけは、ミダス財団の方と日本への留学時に縁があったことでした。
お引き受けした大きな理由は、ミダス財団の素晴らしい取り組みを知り、ぜひとも手伝いたいと思ったためです。ベトナム政府の支援も、子どもの数が少ない田舎まではなかなか行き届きません。
プロジェクトとしても小さいので、リターンが見込めず組織団体からの投資もされにくいのです。
しかし、世界のそういった支援の行き届かない場所までミダス財団が足を向け、学校の建設を行うのは本当に素晴らしいことだと感じました。
設計にあたっては、どのようなことを大事にしましたか?
今回、学校を建設した場所は山間部で、大きな台風が毎年多く来る地域であるため、強風に負けない耐久性の高い建築を目指しました。
例えば、建材となるスチールの溶接も、安全性と強度が高まるように品質を細かく管理しています。実は僕が生まれた地域も、ベトナムの中でも特に例年の台風の被害が大きい田舎でした。
「通っている学校が毎年、台風で壊れる」という状況を身をもって経験してきたので、台風に負けない丈夫な学校を作りたいと心から思っていました。
加えて、自然が美しい地域でもあるため、建築だけが目立つのではなく、景観と調和することも目指しました。
美しい景観の中に環境にやさしい建築があり、子どもたちがその中で自然を感じながら、健やかに過ごす場にできればと考えたのです。それは、教育における建築の重要な役割であるとも考えています。
Vo Trong Nghia(ヴォ・チョン・ギア)氏
上質な天然建材が育む、自然を愛する豊かな心
豊かな自然環境と調和した学校の中で勉強することで、自然や地球を愛する心が育っていく、ということでしょうか。
はい、そう期待しています。とはいえ、ヌオクーイ小学校は小学1〜3年生という低学年に向けた学校(※1)であるために、生徒の皆さんにその思いがどこまで伝わっているかはわかりません。
ただ、「校舎を大事にしよう、きれいに掃除しよう」という意識を持ってくれているとは聞いています。大きくなってから、「この学校で勉強してよかった」と思ってもらえたら嬉しいですね。
(※1)…ベトナム政府は、遠方への通学が難しい低学年(小学1~3年生)に向けて、親の送迎が無くとも通学できる5~7㎞の範囲内に学校を建設するという方針を持っている。高学年(小学4年~6年生)になると、本校へ転校して通学するのが一般的。
校舎は二棟あり、一棟の中央に屋根付きの遊び場が設けられている。写真はその遊び場で行われた竣工式の様子(画像提供:ミダス財団)
ヌオクーイ小学校の建設プロジェクトにおいて、最も苦労した点は何でしたか?
あらゆるプロジェクトがそうであるように、予算が限られている中で目的を達成するには工夫が必要でした。
特に、ミダス財団が取り組む建設プロジェクトは、誰もやりたがらない困難な条件の場所であることが多いのです。
だからこそ支援の意義があるのですが、そうした環境では予算に見合う建材を選ぶことも容易ではありません。
ヌオクーイ小学校も険しい山道の先にあり、電波が届かないほどの山奥まで材料を運ぶのは困難でもありました。
それでも、日本人が投資して建てる物である以上は、予算が限られていても、日本らしく高い品質の建築となるよう、ディテールにこだわって作っています。
建材には、ベトナムのローカル・マテリアルが多く用いられていますね。
山奥という立地を生かして、壁は建設地周辺にある土を用いた土壁にしています。断熱性能も高く、遠くから運び込まなくて良いというメリットもあります。
建材には竹を使いたいというリクエストをいただいていたので、せっかくならばと、天井部分にベトナム南部にしかない上質で肉厚な竹「Tam Vong(タム ヴォン)」を使っています。
かつては武器として使われていたこともあるほど、頑丈さでよく知られる品種です。これは、何十年も長持ちしますよ。
建材としてとても贅沢な竹なので、その品質の高さを知る人は、予算の限られた小さな学校に使われるとはあまり想像できないかもしれません。
この竹の処理工程においても、化学製品は用いずに、半年から1年もの間、水に浸したのちに燻す丁寧な処理を行っています。
教室内の天井には、ベトナム産の竹がふんだんに使用されている。(画像提供:ミダス財団)
「建築物は、小規模な方が大変」
本当は、屋根そのものを竹で作る構造にしたかったのです。
しかし、建築法規では竹を屋根の構造にできない決まりのため、屋根構造はスチールにし、その下の天井に竹を張り巡らせることで、室内で天然竹の美しさを楽しめる作りにしています。
屋根と天井で二層三層になる構造のため、その分コストは上がってしまいましたね。ですが結果として、内装も外観も、周囲の自然環境の一部であるかのように溶け込んでいるのではないかと思います。
これまでギアさんは、さまざまな大きな建築を手掛けてきています。これまでの建築プロジェクトと、今回のプロジェクトにはどのような違いがありますか?
すべてにおいて違いますね。まず建築物は、小規模な方が大変なのです。施工するためには、小さくとも大きい建物と同じくらいの管理が必要になりますから。
そのため、実は大きい建築事務所は小さい案件をあまり担当しません。人工が高くなりやすく、赤字のリスクが上がるためです。
特に今回のプロジェクトは予算がかなり限られていたので、ここまでコストを抑えた施工を行うのは私の事務所ではあまり例がありません。
それでもクオリティは妥協せず、窓も日本製の良いものを使っています。窓のサッシやトイレは、ある日本企業からのご協力により無償で提供していただいたものです。
一方で、規模の大小を問わず共通するのは「自然を尊重して良い建築を作りたい」という思いですね。土壁や竹のような現地の素材を使うことで環境負荷も減らしています。
景観に馴染むだけでなく、サステナビリティの観点も大事にされているんですね。
長く使われることを前提に建築しているので、10年後には、緑で覆われて自然に溶け込むような校舎になっていてほしいですね。
学校周辺の土を用いて作られた土壁に、台風にも負けない堅牢なスチール製の屋根。安全かつ心地よい学びの環境を作り出している(画像提供:ミダス財団)
50年後まで残り続ける校舎を目指して
現在、ギアさんとミダス財団は、同じくベトナムのVing Long省に新たな学校を建設するプロジェクトも進行中です。今後、ミダス財団と共にどんなことに取り組んでいきたいですか?
今後は、安全性や耐久性の高さはもちろんのこと、作品として評価されるような建築も目指していきたいですね。
ミダス財団はとても意義深い取り組みを行なっているので、それが10年・20年と言わず、30年、50年後まで形として残り続けるようなものを作れたらよいなと思います。
ミダス財団の取り組みはベトナムのみならず、ブータンやラオス、カンボジアなどでも行われています。
今後、さらに支援する国を広げる可能性もありますが、ベトナム以外の国での建設プロジェクトをご一緒いただく可能性もありますか?
もちろんです。その中では、特にラオスやカンボジアはホーチミンからも近いので、比較的容易に取り組めると思いますよ。ぜひ取り組んでいただきたいですし、僕も力になりたいと思います。
僕もまた、そういった地域の子どもたちと同じ環境に生まれています。今後もミダス財団と共に、どのような地域にもよい教育環境が行き渡ることを目指した学校建設を行なっていきたいですね。