
社員らによる31億円の金銭詐取に揺れるプルデンシャル生命。
再会見で露呈した「記者選別」の不手際と、エリート営業マンを不正に走らせた「報酬制度」の闇を追う。
沈黙を破った再会見で見えた「情報の壁」
2026年2月10日、東京・永田町の会場は、外資系生命保険大手、プルデンシャル生命保険が開いた異例の「再会見」を待ち構える報道陣の熱気に包まれていた。
かつて「生命保険のプロフェッショナル」として、顧客から絶大な信頼を寄せられていた同社がいま、存亡の機に立たされている。100人を超える社員らが約500人の顧客から、総額31億円にものぼる金銭をだまし取っていたという、前代未聞の不祥事が発覚したからだ。
しかし、この日の会見の冒頭で真っ先に語られたのは、不祥事の事実関係ではなく、メディアに対する「謝罪」であった。
メディアも驚いた「記者の選別」という悪手
「前回の記者会見におきましては、当方の対応の拙さにより、メディアの皆さまにご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
広報担当者が深々と頭を下げた。同社が1月23日に行った1回目の会見では、ある「異常な光景」が見られた。日銀記者クラブ加盟社など、会社側が「案内を送ったメディア」を前方席に座らせ、それ以外の媒体を後方席に隔離した上で、質問も前方席の記者を優先すると公言したのだ。
この「記者の選別」とも取れる対応は、情報の透明性が求められる不祥事会見において、メディア各社から猛烈な批判を浴びた。会見前には、納得いかない記者がスタッフに詰め寄る場面もあり、「ご納得いただけますか」と強い口調で念押しされる異様な雰囲気だったという。
一転して今回の再会見では、得丸博充新社長も「我々に記者会見の知識がなかったことが要因」と自らの不手際を認め、予定時間を1時間半以上も延長。3時間を超える長丁場の中で、会場の質問が尽きるまで対応し続ける姿勢を見せ、ようやく「広く、率直なコミュニケーション」のスタートラインに立った。
31億円詐取事件の全貌と「さらなる被害」の予兆
今回の不祥事の規模は、生命保険業界の歴史においても極めて深刻だ。プルデンシャル生命の発表(2026年2月10日時点)によると、1991年から2025年までの長期間、社員や元社員ら107人が関与。手口は巧妙で、以下のような事案が確認されている。
- 架空の投資話
「社員しか買えない特別な株がある」「建築用材の会社に投資すれば元本保証で高配当」などとかたり、多額の現金を預かったまま返金しない。 - 暗号資産への勧誘
顧客に特定の投資システムを紹介し、後にログインできないようにして資金を封じ込める。 - 個人的な借金
「生活費に困っている」などとして顧客から金銭を借り受け、返済を滞らせる。
1月時点では「社内調査で全容が見えている」としていた同社だが、2月の会見では、新たに「未把握の事案が数十件ある」ことを認めた。すでに顧客からの補償申請は約300件に達しており、31億円という被害総額はあくまで「現時点での数字」に過ぎない。被害の拡大は確実視されている。
エリートを狂わせた「完全歩合制」と「密室営業」の闇
なぜ、高学歴で優秀な人材が集まるとされるプルデンシャル生命で、これほど多くの社員が犯罪に手を染めたのか。得丸社長は、その背景に「構造的な病理」があることを告白した。
1. 激しく乱高下する「フルコミッション(完全歩合制)」
同社の営業マン(ライフプランナー)は、契約を取れば取るほど高収入を得られる一方、契約が取れなければ報酬が激減する。各テレビ局の取材に応じた関係者によれば、「人によっては金銭感覚が狂っていく」ほどの高収入を得る者もいれば、経費がかさみ生活に窮する者もいた。「収入が激減し、生活費が困窮したことで不適切行為に手を染めてしまう構造があった」と得丸社長は分析する。目の前の顧客から現金をだまし取ってでも、今の生活を維持したいという歪んだ欲求が、プロとしての倫理観を麻痺させていたのだ。
2. 聖域化された「マイクライアント」モデル
同社の強みであった「担当者が一生涯、一対一で顧客を守る」というスタイルが、裏目に出た。これを「マイクライアント」モデルと呼ぶが、会社側から営業活動の内容が見えにくい「密室」を生んでいた。 「担当者の自主性を尊重しすぎた結果、基本的な管理が不十分だった」という。実際、新大阪の支社内に顧客を呼び込み、そこで投資詐欺の話を持ちかけていた事例も報告されている。「プルデンシャルのオフィスで話を聞いたから、会社の商品だと思って信用してしまった」という顧客の証言は重い。
異例の「90日間営業自粛」と500億円の減益見通し
事態を重く見た同社は、2月9日から90日間にわたる新規営業活動の自粛に踏み切った。この決定は極めて異例であり、現場の社員にとっても衝撃的なものだった。
報道では、現場の営業社員が「ニュースで初めて自粛を知った」と困惑する様子も報じられている。得丸社長は「非常に重大な決断であり、情報の漏洩を防ぐため、発表直前の告知になった」と釈明。営業自粛期間中、同社は全社員に対しコンプライアンス研修や、組織体制の抜本的な見直しを行うとしている。
この「90日間の沈黙」による代償は大きい。米国の親会社の見通しによると、今回の営業自粛や不祥事への対応により、2026年通期の利益は3億ドル〜3.5億ドル(約460億〜540億円)も押し下げられる見込みだという。
全額補償への方針転換と第三者委員会の設置
当初、同社は「社内調査で十分」として第三者委員会の設置に否定的だった。しかし、外部からの批判や被害申請の増加を受け、一転して設置を決定した。
- 第三者委員会の顔ぶれ
委員長には元名古屋高検検事長の岩村修二弁護士が就任。検察のトップを歴任したプロの目で、不正の徹底究明を行う。 - 被害補償の拡大
これまで「補償委員会の審査が必要」としていたが、社員が在職中に行った不正については、審査なしで「全額補償」する方針に転換した。
得丸社長は「ここで変われなければ、日本で事業を続けることができない」と危機感をあらわにしたが、一度失墜したブランドイメージの回復には、並大抵ではない努力が必要とされるだろう。
消費者が教訓とすべきこと:信頼と組織の脆さ
私たち一般消費者にとって、今回の事件は「有名企業だから」「オフィスで会った担当者だから」という理由だけで、盲目的に金銭を預けるリスクを改めて突きつけた。
プルデンシャル生命は今後、個人に依存する体制から、チームで顧客を守る「アワークライアント」体制への転換を目指すという。しかし、現場のライフプランナーたちの間に染み付いた「成果第一主義」の文化が、そう簡単に変わるのか。
金融庁はすでに立ち入り検査に着手しており、片山さつき金融相も「非常に遺憾だ。実効性のある再発防止策を実行させる」と厳しい姿勢を崩していない。
「オーダーメイドの保障」を掲げ、日本の生保業界に新風を吹き込んだ同社は、いま最大の試練に立っている。31億円という重い十字架を背負いながら、同社が再び「顧客の隣」に座る資格を取り戻せるのか。
その行方は、90日間の自粛後の姿勢にかかっている。



