
機械メーカー「大川原化工機」をめぐる冤罪事件で、違法な逮捕・起訴を認定した東京高裁判決が確定する見通しとなった。警視庁と東京地検が上告を断念し、謝罪と検証を行う意向を示した。
違法捜査判決が確定へ 都と国が上告を断念
精密機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)をめぐる冤罪事件で、警視庁公安部と東京地検による逮捕・起訴が違法とされた東京高等裁判所の判決について、東京都と国は2025年6月11日、最高裁への上告を断念すると発表した。これにより、都と国に計約1億6600万円の賠償を命じた判決が確定する。
上告を断念した理由について警視庁は「判決を重く受け止め、当事者に多大なご心労、ご負担をおかけしたことを深くおわびしたい」と述べた。また、再発防止を目的とした「検証チーム」を副総監トップで立ち上げ、捜査の問題点を洗い出す方針を示した。東京地検も同様に謝罪し、最高検による検証を行う予定だと明らかにした。
大川原化工機冤罪事件とは?
事件の発端は2020年、警視庁公安部が同社の噴霧乾燥機が生物兵器に転用可能と判断し、外為法違反容疑で社長ら3人を逮捕、東京地検が起訴したことに遡る。しかし2021年7月、公判開始直前に起訴は取り消された。
東京地裁および東京高裁はいずれも、警視庁公安部の判断について「輸出規制の要件に関する解釈が国際的な合意と異なり、合理性を欠いていた」と指摘。経済産業省からの否定的な見解を得ていながら再考せず逮捕・起訴に踏み切ったとし、適切な捜査が行われなかった点を強く批判した。
内部からも「捏造」との証言 異例の展開
裁判では現職警察官3人が「事件は捏造だった」「幹部の欲があった」などと証言し、捜査方針そのものに異を唱えた。判決文ではこうした証言を「重く受け止めるべきだ」と明記。警視庁と東京地検は当初、違法性を否定していたが、控訴審でも違法と認定されたことを踏まえ、判決受け入れに転じた。
被害者の声「怒りは消えない」
上告断念を受けて、大川原化工機の大川原正明社長は「やっと終わった。一段落ついた」と述べる一方、「組織的な謝罪がようやく出たが、怒りは消えない」と語った。
また、逮捕後にがんが見つかり入院先で死亡した元顧問・相嶋静夫さんの長男は、「本来なら4年前に謝罪されるべきだった。今更ながらも父の名誉が少しでも回復されたことは意味がある」と涙ながらに語った。
検証と再発防止へ 第三者委員会の要望も
警視庁は副総監をトップとする検証チームを設置し、捜査過程や判断の妥当性を洗い出す方針を明示。監察部門や公安委員会の助言も受け、関係者からの聞き取りや資料確認を進めていくとした。また東京地検も、最高検による検証を実施するとしている。
一方、大川原社長らは第三者が主導する独立した検証委員会の設置を強く求めている。弁護団は「組織内部による検証では不十分」と指摘し、経済産業省に対しても輸出規制省令の明確化を要望。裁判所や検察には保釈制度など「人質司法」の見直しを訴えている。
経済安保と信頼回復の課題
今回の事件は、経済安全保障と公安警察のあり方にも一石を投じた。公安部は近年、サイバー攻撃やスパイ活動などに対処するための役割を拡大しているが、今回のような違法捜査が明るみに出ることで、民間との連携に支障が生じかねない。
警察庁は全国の公安部門に対して、「法令と証拠に基づく緻密かつ適正な捜査」を徹底するよう通達を発出。幹部による的確な指揮と、現場との双方向のコミュニケーションの重要性を強調している。
組織文化の見直しと訓練体制の強化へ
警視庁は今後、公安部の捜査員に他部門での勤務機会を提供することで、捜査経験を積ませ、独自文化の閉鎖性を打破しようとしている。2025年度は刑事部や生活安全部などに6名の捜査員を派遣し、実地訓練を強化する。この取り組みは、公安部門の閉鎖的な体質を見直し、今後の適正捜査と信頼回復に向けた一歩とされる。
まとめ:冤罪の教訓を未来に活かせるか
大川原化工機事件は、一企業を襲った冤罪というだけでなく、捜査機関全体の構造的課題を浮き彫りにした。内部告発的な証言、過失を認めた判決、そして関係機関の上告断念は、日本の刑事司法と公安警察のあり方に対する警鐘でもある。
今後は、検証と再発防止が形式的なものにとどまらず、法と正義を守るための真摯な改革につながることが求められている。