
東京電力福島第一原発の処理水放出を受け、2023年8月以降、中国政府が実施してきた日本産水産物の全面輸入停止措置が、段階的な解除に向けて動き出した。2025年5月30日、林官房長官は日中両政府が輸出再開に必要な要件で合意し、今後は対象施設の再登録手続きなどを経て輸出が順次再開される見通しであることを明らかにした。
ただし、福島県を含む10都県(福島、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、長野、新潟)に関しては、依然として輸入停止措置が継続される見込みで、政府はその撤廃に向けた働きかけを強めていく構えだ。
日本と中国の水産物貿易の構造
日本にとって、中国は水産物の最大の輸出相手国である。農林水産省の統計によると、2022年の日本から中国への水産物輸出額は約871億円に上った。特にホタテやナマコ、マグロなど高品質の魚介類が高級食材として中国市場での需要が高く、日本産品のブランド価値は非常に高い。
一方で中国にとっても、日本の水産物は高品質で安全性への信頼が厚く、広東省をはじめとする沿海部の高級レストランや日本食料理店などで重宝されている。輸出入関係は相互依存性が強く、特に生鮮・冷凍品においては代替の難しい市場とされてきた。
輸出停止による日本経済への影響
輸入停止措置の影響は日本の地方経済に甚大であった。たとえば、北海道のホタテ加工業者は、中国向け輸出が全体の約3割を占めていたが、輸出停止後はアメリカや東南アジアへの販路拡大を余儀なくされた。しかし、米中対立による関税リスクや需要の不安定さもあり、業界全体の収益構造は揺らいだ。
宮城県石巻の魚市場では、香港へのナマコ輸出が停止されたことにより、価格が半値以下まで下落し、市場関係者は新たな販路開拓に奔走している。日本全国で見ると、水産加工業、流通、港湾輸送など広範な産業に悪影響が及び、地域経済の冷え込みも指摘されていた。
輸出再開による改善の見通し
今回の合意により、10都県を除く地域からの水産物輸出が再開されれば、日本の水産業には明るい兆しが見えてくる。中国市場への再参入によって、価格の持ち直しや販売量の回復が期待され、特にホタテやマグロなど高単価商品の輸出が増えれば、地域経済の再活性化につながる可能性がある。
また、放射性物質に関する厳格な検査証明制度が導入されることで、食品の安全性に対する国際的な信頼も高まると見られ、他国市場への輸出拡大にも波及効果があると指摘されている。
今後の課題と展望
依然として10都県産の水産物については輸入停止措置が継続されており、これをどう打開していくかが今後の焦点である。政府は引き続き科学的根拠に基づいた安全性の説明を積み重ねるとともに、IAEAの枠組みを活用した国際監視の透明性確保を通じて、国際社会への理解促進を図る方針だ。
さらに、香港や韓国など周辺国・地域に対しても同様のアプローチで輸入規制の撤廃を求め、広範な市場回復を目指す取り組みが急がれる。