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斎藤元彦知事ら3人不起訴 消えない兵庫県政への不信

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兵庫県の告発文書問題をめぐり、元県民局長の私的情報漏えいで刑事告発されていた斎藤元彦知事、片山安孝元副知事、井ノ本知明前総務部長の3人が不起訴となった。神戸地検は、斎藤知事と片山元副知事については嫌疑不十分、井ノ本前総務部長については起訴猶予と判断した。刑事責任という線では一つの区切りが打たれた形だが、問題が終わったわけではない。

 

神戸地検の判断は「無罪宣言」ではない

毎日放送によると、神戸地検は3月27日、告発内容を認定するに足る証拠が得られなかったとして、斎藤知事と片山元副知事を不起訴とした。

一方で井ノ本前総務部長については、漏えいそのものは認定しながらも、裁判によって私的情報がさらに公になる影響などを踏まえ、起訴猶予としたという。

つまり今回の処分は、関係者全員について「何もなかった」と言い切るものではない。

少なくとも検察の判断の中には、漏えい行為自体の存在を否定しきれない現実が含まれている。

斎藤知事は、不起訴処分後に報道陣に対し、これまで伝えてきた通り自身は漏えいに関与していないとの認識を改めて示した。

だが、このコメントによって県民の疑念が一気に晴れるわけではない。

政治の世界では、法的責任を免れたことと、統治の責任を果たしたことは同義ではないからだ。

第三者委員会が示した「可能性の高さ」は重い

県の公表資料と報道によれば、第三者委は井ノ本前総務部長による漏えいを認定し、そのうえで知事や元副知事の指示のもとで行われた可能性が高いと指摘していた。

刑事裁判で有罪に持ち込めるだけの証拠があるかどうかと、行政組織の内部で不自然な力が働いていたかどうかは、必ずしも同じではない。

だからこそ、今回の不起訴は法的には決着でも、政治的にはなお説明不足を残す。

しかも、この問題の発端は内部告発文書である。

内部告発に端を発した混乱の中で、告発者側の私的情報が外に漏れたという構図そのものが、行政組織の自浄作用を大きく損ねた。

告発を行った側が守られるどころか、逆に私的情報の流出という形で傷を負ったのであれば、今後同じような不正や疑義を見つけた職員が声を上げにくくなることは避けられない。

 

県議会にも残る「説明責任」への不満

神戸新聞によると、県議会自民党内からも「説明責任は残る」との声が上がっている。

これは当然だろう。

不起訴になったことで刑事手続き上のリスクが後退したとしても、県政運営の中で何が起き、誰がどこまで認識し、どういう判断を重ねたのかという肝心な部分は、なお県民に十分見えていない。

県政の信頼が揺らいだのは、単に捜査対象になったからではなく、説明の不足と対応の鈍さが長く続いたからである。

ここで斎藤知事側が「不起訴になった以上、もう終わった話だ」と受け止めるなら、火はむしろ深部でくすぶり続ける可能性が高い。

検察の不起訴判断は、県民感情の不起訴判断ではない。

告発した上脇博之教授は申し立てを検討

さらに毎日放送は、刑事告発した上脇博之教授が検察審査会への申し立てを検討していると報じている。

つまり今回の不起訴は、完全な終点ではなく、次の局面への中継点にすぎない可能性がある。

仮に法的手続きがこの先大きく動かなかったとしても、県政への信頼回復という課題は残り続ける。

県民が求めているのは、処分結果の一言ではない。

告発文書問題を通じて、兵庫県庁の統治がどこでゆがみ、何が機能不全に陥ったのか、その全体像である。

不起訴は区切りでも免罪符でもない

斎藤知事にとって今回の不起訴は、確かに最悪の事態を避けた結果ではある。

だが同時に、それは「これで終わり」ではなく、「ここからどう信頼を取り戻すのか」が厳しく問われる出発点でもある。

刑事責任を問われなかったことを盾に説明を閉じれば、県政不信はさらに深くなる。

 

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ライター:

東京都出身。一日中ネットに張り付いている。

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