
TOKYO FMが3月23日、ザ・タイマーズの「FM東京事件」をモチーフにしたTシャツを発表し、音楽ファンやラジオリスナーのあいだで賛否が噴出している。TOKYO FM開局55周年と、忌野清志郎デビュー55周年を記念した企画で、NEIGHBORHOODとのコラボ商品として展開される。TOKYO FM公式の投稿では、価格は1万4300円、3月28日から販売開始と案内されている。
“FM東京事件”とは
「FM東京事件」は日本の放送と表現の緊張関係を象徴する出来事だった。
1989年、ザ・タイマーズはテレビ出演時に予定曲とは別の曲を突然演奏し、FM東京とFM仙台を名指しで批判した。背景には、反原発や社会風刺を含む表現への警戒、放送自粛や発売中止をめぐる一連の対立があったと振り返られている。
今回のTシャツは“笑える自虐”では済まない
今回のTシャツは、かつて自局を激しく批判された出来事を、いまのTOKYO FM自身が記念商品として売るという倒錯を含んでいる。
そこに面白さや懐の深さを見る人もいるかもしれない。時が流れ、過去の対立を当事者がネタとして引き受けること自体をロック的だと感じる受け止め方である。一方で、かつて向き合うべきだった怒りや問題提起を、年月が過ぎたあとに安全な記号として商品化しているだけではないかという反発も強い。
「公式がやるのは面白い」と「死後に商売にするな」が激突
ネットの反応を見ると、肯定派は「公式がここまで自虐に振り切るのは逆に面白い」「当時の因縁を笑いに変えたならアリ」といった感想が目立つ。
だが、批判派の声はより鋭い。「当時きちんと向き合わなかった側が、本人の死後15年以上経ってから“寛容でユーモアのある会社”のような顔をして収益化する不快感」「数十年越しの因縁を高額Tシャツにして売る行為への違和感」などが噴出している。
今回の炎上は、好き嫌いよりも「誰が、どの立場で、その歴史を売るのか」という感情のもつれに近い。
法的な無断便乗ではないからこその倫理の違和感
重要なのは、今回の企画が無断利用の疑いが強い案件ではないという点である。
TOKYO FM側の55周年企画として正式に打ち出され、公式ショップでも販売され、NEIGHBORHOOD側の案内でも同様の説明がなされている。忌野清志郎のオフィシャルXアカウントも、TOKYO FMの告知ポストをリポストしている。つまり問題は権利処理の有無というより、記憶の扱い方の是非にある。
法的に通っていることと、受け手の感情が納得することは別だ。
本当に問われているのは“反骨の遺産”をどう消費するか
忌野清志郎とザ・タイマーズの価値は、奇抜な見た目や伝説化された事件だけにあるのではない。本質は、放送局や企業、社会の建前に対して、居心地の悪い言葉をぶつけたところにあった。そこまで含めて引き受けるなら、この種の記念企画には意味がある。
だが、毒を抜いた“伝説”だけを商品化するなら、それは反骨の保存ではなく、反骨の無害化である。
話題づくりとして強いが、敬意ある記念かどうかは別問題
話題づくりとして見れば、今回の企画は極めて強い。音楽ファン、ラジオファン、カルチャー好きの視線を一気に集めた。
だが、強い話題になることと、敬意ある記念になることは同じではない。もし本当にこの歴史を記念したいのなら、Tシャツ販売だけでなく、当時の放送自粛や表現規制、メディアと音楽の関係を掘り下げる検証や発信まで踏み込めるかが問われる。
今回の騒ぎは、懐かしのロック事件の再燃ではない。過去の反抗が、いまどのように回収され、どのように売られていくのかを突きつける、2026年の文化論争そのものである。



