
福岡ソフトバンクホークスの左腕のエース、リバン・モイネロをめぐる3月22日の動きは、野球ニュースとしては妙に生々しかった。午後、小久保裕紀監督はモイネロについて「分からない。連絡つかないので。全部来てから、会ってから」と説明し、開幕ローテーションには入れない考えを示した。日刊スポーツによると、この時点でホークスは大津亮介を含む開幕ローテ6人を固めており、モイネロは「戻ってくる前提の軸」ではなく「来日後に再判断する投手」へと扱いが変わっていた。
「連絡がつかない」一件は、ただの助っ人合流遅れではなかった
この話はそのまま「消息不明の助っ人」という安い見出しでは終わらなかった。夜になると、スポニチは倉野信次投手コーチの説明として、モイネロが近日中に来日予定であり、「問題ないかなと思っています」との見通しを報じた。午後の段階では首脳陣が慎重な言い方をしていたが、夜には少なくとも来日自体はできそうだというトーンに和らいでいる。
背景にあるのはキューバの電力危機
この来日ドタバタを個人の事情だけで読むと、肝心なものを見落とす。ロイターやAPによると、キューバでは3月21日に全国規模の停電が起き、これで今月3度目の大規模停電となった。原因は発電所トラブルに加え、老朽化した設備と深刻な燃料不足であり、病院や水道といった基幹インフラにも影響が及んでいる。国全体の送電網が崩れ、通信や交通にも支障が出る環境で、海外遠征中の代表選手との連絡や移動調整が乱れるのは自然なことだ。
しかも停電は一度きりではない。ロイターは3月17日に約29時間の全国停電からの復旧を報じ、そのわずか数日後の21日に再び送電網が崩壊したと伝えた。フィナンシャル・タイムズも、キューバが1週間に2度の全国停電に見舞われたと報じている。これでは「連絡がつきにくかった」という話は、曖昧な言い訳というより、いまのキューバ社会を映す具体的な現象として受け止めるべきだろう。
水が出ない、燃料が足りない、抗議も起きる 日常そのものが揺れている
停電は、単に部屋が暗くなるだけの話ではない。ロイターは3月20日、ハバナで水道ポンプの稼働が止まり、人びとが給水車に列をつくって水を確保している様子を報じた。電力不足は生活用水に直結し、食料保存や医療にも波及する。モイネロの来日問題を野球選手ひとりのスケジュール調整として消費してしまうと、その背後で何が崩れているのかが見えなくなる。
不満も蓄積している。ロイターによれば、3月14日には中部モロンで停電と食料不足をきっかけに抗議行動が起き、共産党事務所が襲撃される事態にまで発展した。キューバでこうした騒乱が表面化すること自体が重い意味を持つ。ファンにとって頼れる投手であるモイネロの母国ではいま、電気と水と食料をめぐる不安が人びとの忍耐を削っている。
キューバはなぜ追い込まれているのか
背景には、国内インフラの老朽化だけではない外圧もある。ロイターによると、2026年に入って米国はキューバへの圧力を強め、ベネズエラ由来の石油供給を断つ動きを進めたうえ、キューバに石油を供給する国への関税措置も示唆した。これにより燃料不足がさらに悪化し、キューバ側は3カ月間ほとんど燃料輸入がない状態に追い込まれたとされる。APも、海外からの石油供給が3カ月途絶え、自国生産は必要量の4割程度にとどまると伝えている。
キューバの停電危機は、ベネズエラ情勢、対キューバ制裁、資源輸送、さらには中東情勢によるエネルギー価格の揺れまでつながっている。ロイターは、米国とイスラエルの対イラン戦争が世界の石油価格を押し上げ、キューバの苦境をさらに深めていると報じた。ひとりの左腕投手が予定通り日本へ飛べるかどうかは、すでに球団だけでは制御できない世界の問題に触れている。
WBC直後というタイミングも、混乱を大きくした
さらに今回は、ワールド・ベースボール・クラシック直後という条件が重なった。WBCは3月5日から17日にかけて開催され、キューバもプールAを戦っている。代表活動が終わった直後の選手は、移動、再調整、所属球団合流を短期間でこなさなければならない。そこへ母国の大規模停電と燃料危機が重なれば、航空便や通信、出国調整のどこかが詰まっても不思議ではない。
ホークスの誤算は、モイネロがいないことより「読めないこと」
ホークスにとって痛いのは、モイネロの不在そのものより、計算が立ちにくいことである。モイネロは2025年のパ・リーグMVPであり、球団公式でもその実績が明示されている。単なる先発の一枚ではなく、シーズン設計の中心に置くべき投手だ。だからこそ、小久保監督が開幕ローテから一度外し、「会ってから」と語った判断には重みがある。戻る見込みがあるからといって、即フル回転を前提にするわけにはいかないからだ。
この判断は、見方を変えればホークスの危機管理でもある。近日中に来日する可能性がある以上、過度な悲観は要らない。だが、帰ってきさえすれば解決という話でもない。時差、疲労、実戦間隔、心理的負荷を考えれば、開幕直後の数カードは別メニューで設計せざるを得ない。ホークスは層の厚さを問われているのではなく、不確実性の高い世界でどう戦力設計をやり直すかを問われている。
日本のプロ野球は、もう国内だけを見て運営できない
今回のモイネロ騒動は、野球ファンにとっては開幕前の気になるニュースでありながら、同時に日本のプロ野球も例外ではなく世界の不安定さの中に組み込まれていることを突きつけた。遠い島国の送電網崩壊が、福岡の野球チームの先発ローテーションを変える。水不足と燃料不足が、球団の編成予定を狂わせる。そこには「野球と政治は別」という単純な線引きでは説明しきれない現実がある。
モイネロの来日が実現すれば、この騒ぎは数日後に“ひと安心”の話として消費されるかもしれない。だが、本当に注目すべきなのはそこではない。今回の一件は、ひとりのスター左腕の移動トラブルを入り口に、キューバの停電危機、米国の圧力、資源供給の揺れ、中東を含む世界のエネルギー不安までつながっている。開幕前に起きたホークスの混乱は、2026年の世界がどれだけつながり、どれだけ不安定かを、野球というわかりやすい形で映している。



