
伝統のベルトか、1分間のバズか……
舞台は3月20日に開催を控えた『BREAKING DOWN 19』のオーディション会場。不良や喧嘩自慢がひしめく殺伐とした空気の中、ジャージ姿に眼鏡という、およそ場違いなほど地味な風貌の青年が登場した。彼は震える声で「ここにいる、いじめてる側のやつらをやっつけられたらと思って来ました」と、元いじめられっ子という設定でひな壇を挑発。
しかし、この青年の正体こそが、日本のトップクラスの実力を持つ「第10代フライ級キング・オブ・パンクラシスト」濱田巧選手その人であった。
パンクラス側は3月10日、主催者への事前連絡なしに他団体への参戦を承諾した行為を重大な契約違反と判断。現役王者の王座剥奪という、格闘技界では類を見ない重い鉄槌を下したのである。
朝倉海だけが察知した「眼鏡の奥の殺気」
オーディション会場にいた誰もが、この“眼鏡の青年”を格好の獲物として嘲笑していた。しかし、ただ一人、異様な空気を察知して戦慄していたのが朝倉海選手だ。彼はひな壇のメンバーが立ち上がろうとするのを制し、「気をつけろ」「ヨーディやられるぞ」と真剣な表情で警告を発した。
格闘技を深く知る者から見れば、濱田選手がいかに弱々しく振る舞おうとも、長年の鍛錬によって形成されたプロの身体を隠し通すことは不可能だ。眼鏡の奥に潜む鋭い眼光もさることながら、激しい組み技の練習で軟骨が変形したカリフラワーイヤー(餃子耳)や、フライ級とは思えないほど発達した首の太さ、そして相手と対峙した瞬間の重心の低さ。朝倉選手は、一瞬の立ち居振る舞いから彼が「完成された暴力」を内包する本物の格闘家であることを見抜いていたのである。
「王座よりバズ」SNSを揺さぶる残酷な現実
この前代未聞の失墜劇に対し、ネット上では「パンクラスの王者でもほぼ無名だったのに、これで一気に全国区になった」「住んだところで、間違えて襲撃されそうで怖いといったネタ記事に並ぶインパクトだ」といった、驚きと皮肉が混じった反応が相次いでいる。
濱田選手自身はSNSで謝罪と共に「自分自身の中にはお伝えしたい事も多くあります」という、何らかの裏事情を示唆するコメントを残した。この言葉の裏には、現代格闘技界が抱える残酷な真実が透けて見える。歴史ある団体の頂点に立っても、一般社会での知名度は限定的であり、ファイトマネーだけで生活を維持するのは極めて困難だ。
一方で、BreakingDownで一度バズれば、一夜にして数百万人の目に触れ、莫大な広告収益やスポンサーマネーが舞い込む。格闘家としての強さの証明であるベルトよりも、生存のための知名度を選ばざるを得なかった背景には、プロモーション能力の限界という切実な悲哀が隠されている。
ベルト剥奪は「史上最高の売名」への布石か
一見すると濱田選手のキャリアは致命的な傷を負ったように見えるが、興行的な観点で見れば、彼は「ベルトを脱ぎ捨ててまで殴り込みに来たアウトロー」という強いストーリーを手に入れたことになる。これまでは格闘技マニアにしか知られなかった地味な王者が、今や日本中が注目する最も危険な裏切り者へと変貌したのだ。この王座剥奪という事態こそが、皮肉にも彼にとって史上最高のプロモーションとして機能しているという逆説的な事実がある。
開戦?「伝統派vs新興勢」の仁義なき代理戦争
この騒動は、今後「伝統的なプロ格闘技 vs 新興エンタメ格闘技」の代理戦争へと発展する可能性を秘めている。濱田選手がBreakingDown本戦でプロの圧倒的な技術を見せつける無双劇を展開すれば、それはパンクラスの威厳を再認識させる結果になるのか、あるいはさらなる対立を呼ぶのか。プライドを傷つけられたプロ団体側が、濱田選手を粛清するために刺客を送り込むといった展開も十分に予想される。
歴史あるベルトを脱ぎ捨て、泥臭いエンタメの海へ飛び込んだ男の真意は、もはやリングの上でしか語られることはない。3月20日の大会当日、彼はどのような拳を見せるのか。格闘技界の序列と常識を壊しにかかる男の動向から、目が離せない。



