
深夜、スマートフォンの画面が白く光る。
「あなたも体を見せて」
数分前まで、相手は優しかった。片言の日本語で笑い、褒め、親しげに話しかけてきた。だが、通話が切れた直後、画面に届いたのは脅迫の言葉だった。
<10万円分のAppleギフトカードを送れ。送らなければ、フォロワー全員にばらまく>
いま、こうした「セクストーション(性的脅迫)」が急増している。そして、日本は世界で最も“標的になりやすい国”とされている。なぜ日本が狙われるのか。子どもを守るために、大人は何を変えるべきなのか。現場の声とデータをもとに、その構造を読み解く。
セクストーションとは何か―「信頼」が反転する瞬間
セクストーションとは、「Sex(性的)」と「Extortion(脅迫・恐喝)」を組み合わせた造語だ。性的な画像や動画を送らせ、それを拡散すると脅して金銭を要求する犯罪を指す。
始まりは、何気ないDMだ。Instagramや言語学習アプリで「友達になりたい」と近づく。やがてLINEや別のアプリへ移行し、距離を縮める。
「モデルみたい」「もっと見せて」
褒め言葉は、やがて要求へと変わる。
画像を送った瞬間、主導権は完全に相手へ移る。そして態度は豹変する。
<フォロワー全員に送る。家族にも送る。学校にも知らせる>
支払いをしても終わらない。むしろ、支払った事実が「払える人間」と判断され、追加要求が続く。恐怖と羞恥が判断力を奪い、被害者は孤立していく。
なぜ日本が「標的リスク世界1位」なのか
セキュリティ企業の調査によれば、日本はセクストーション詐欺の標的リスク比率が世界で最も高いとされている。数字だけを見ると衝撃的だが、その背景には日本特有の心理構造がある。
第一に、「知られたくない」という強い感情だ。性被害を受けても、届け出る割合は決して高くない。「自分にも落ち度があったのではないか」と自責の念を抱きやすい社会的風土がある。
第二に、「自己責任論」の存在だ。被害に遭った側に非があるかのような言説が、子どもたちの口を閉ざす。「怒られるかもしれない」「スマホを取り上げられるかもしれない」。この恐れが、加害者にとって最大の武器になる。
さらに、日本ではプリペイド型電子マネーが身近であり、コンビニで簡単に購入できる環境も影響している。要求がAppleギフトカードなどに集中するのは、入手が容易だからだ。
つまり、日本が狙われやすいのは、子どもが弱いからではない。声を上げにくい構造が、犯罪にとって都合がいいからである。
被害は女子だけではない―急増する未成年男子
かつては女性の被害が中心とみられていた。しかし近年は未成年男子を標的とした「金銭セクストーション」が急増している。
性への興味を持ち始めた思春期の男子は、褒められ、誘われると警戒心が薄れやすい。そして被害に遭うと、「男なのに」「自分が情けない」とさらに相談しづらくなる。
「俺の人生終わった」と深夜に電話をかけてくる高校生もいるという。だが、実際には連絡を断ち、支払いを止めれば、多くの加害者は次の標的へ移る。
恐怖は永遠に続くわけではない。だが、沈黙は被害を長引かせる。
禁止では守れない―家庭に必要なのは“合言葉”
被害を防ぐために、「スマホを取り上げる」「SNSを禁止する」という声は根強い。しかし、禁止は相談を遅らせる。
最も重要なのは、家庭内の合言葉だ。
「何があっても怒らない。必ず一緒に止める」
この約束があるかどうかで、初動が変わる。
要求が来た瞬間、返事をしない。スクリーンショットを保存する。ブロックする。そして信頼できる大人に伝える。支払わない。
この流れを、あらかじめ共有しておくことが、実は最大の予防策になる。
もし拡散されたら―“終わり”ではない
画像が拡散されたら人生が終わる、という思い込みもまた、加害者の武器だ。しかし、拡散=取り返しがつかない、ではない。
未成年の性的画像については、ハッシュ値を使って削除を促す仕組み「Take It Down」などの支援もある。警察相談窓口や専門団体も存在する。
重要なのは、孤立しないことだ。ひとりで抱えた瞬間、加害者の思う壺になる。
日本社会に求められるもの
制度面では「こども性暴力防止法(日本版DBS)」が施行予定となっている。だが、ネット空間の犯罪は国境を越える。
だからこそ、社会全体で「被害に遭った側は悪くない」という前提を共有する必要がある。羞恥を利用する犯罪に対抗するには、羞恥を武器にさせない空気づくりが不可欠だ。
沈黙が最大のリスク
日本が標的リスク世界1位とされる現実は重い。しかし、その理由は明確だ。子どもが声を上げにくいからである。
逆に言えば、声を上げられる環境を整えれば、構造は崩れる。
「困ったら必ず言って」
この一言を、具体的な行動の約束とともに家庭で共有できるかどうか。それが、セクストーションに対抗する最前線になる。



