
静まり返った会見場に、フラッシュの光が断続的に走った。
10日午前、東京都港区。壇上に立ったのは、プルデンシャル生命保険の得丸博充社長だった。
「信頼回復への道のりは、長く険しいものになる」
総額31億円。社員・元社員107人。約30年にわたる金銭不正受領。
数字だけを並べれば一企業の不祥事に見える。だが、保険という“信頼そのもの”を扱う業態にとって、この事実は企業の根幹を揺るがす。
同社は90日間の営業自粛を決断した。再生への猶予期間は、わずか3か月だ。
30年で107人・31億円 数字の重みと信頼産業の宿命
不適切受領は1991年から2025年までに累計107人、被害総額は約31億円。第三者委員会が調査を進めるなか、新たな疑義事案も浮上している。
営業社員は全国で4000人超。期間は30年以上。
母数を踏まえれば「突出して異常とは言い切れない」との見方もある。
しかし、生命保険は契約書ではなく「社名」で契約する商品だ。
その名を背負った社員が顧客から私的に資金を受け取っていたという事実は、構造そのものへの不信を生む。
成果偏重と“密室化” 構造が生んだ歪み
同社は、不正の背景に成果連動色の強い報酬制度と、営業担当者と顧客の関係が密室化しやすい体制を挙げる。
フルコミッション型営業は、成功すれば高収入を得られる。一方で新規契約が取れなければ収入は不安定になる。
しかも市場環境は激変した。
生命保険加入率は高止まりし、若年人口は減少。オンライン比較や独立系FPが普及し、顧客は営業担当者を介さず情報を得られる。
旧来モデルは構造的な逆風にさらされている。
解約増加と退職ドミノ 揺らぐ組織基盤
不正公表後、解約件数は増加傾向にある。営業社員の退職も平時の年500人規模を上回るペースに拡大。新規採用は停止中だ。
米本社は3~3.5億ドル規模の収益減を見込むが全面支援を強調する。ただし、信頼の回復は数字の問題ではない。
ブランドは積み上げるのに時間がかかるが、崩れるのは一瞬だ。
金融不祥事はどう回復してきたか
金融業界における不祥事は、決して珍しいものではない。だが、回復の道筋は一様ではない。
■ かんぽ生命保険の保険不正販売問題
2019年に発覚した大規模な不適切販売問題では、数万件規模の契約が調査対象となり、行政処分と業務停止命令を受けた。
同社は経営陣の刷新、営業評価制度の見直し、顧客本位原則の徹底を打ち出し、数年単位で体制再構築を進めている。
ポイントは「制度の抜本改訂」と「ガバナンス強化」をセットで行った点にある。
■ スルガ銀行の不正融資問題
2018年のシェアハウス不正融資問題では、組織ぐるみのチェック機能不全が批判を浴びた。経営陣交代と外部取締役の強化、審査体制の再構築を経て、現在も再建途上にある。
不祥事の規模が大きいほど、回復には「時間」と「外部の目」が不可欠だと示した。
共通点は「モデル転換」
両社に共通するのは、単なる謝罪ではなく、評価制度やビジネス構造そのものに手を入れた点だ。
逆に言えば、制度を変えなければ信頼は戻らない。
今回のプルデンシャル生命の問題も、本質は同じだ。倫理研修や一時的な営業停止だけでは不十分である。
問われているのは、フルコミッション型営業をどう再設計するのかという、構造の問題だ。
問われるのは「次のビジネスモデル」
安定収入を組み込む報酬制度、チーム制導入。方向性は示された。
だが、それは修正か、それとも転換か。
成熟市場で持続可能なモデルを構築できなければ、同じ歪みは再発しうる。
成功体験は強みであると同時に、足かせにもなる。
90日後、何が変わるのか
営業自粛の90日間は、単なる冷却期間ではない。
それは、組織の哲学を問い直す時間だ。
解約の波が止まるのか。
現場に人材は戻るのか。
顧客は再び扉を開くのか。
金融業界の歴史が示すのは一つだけだ。
信頼は、制度でしか取り戻せない。
90日後、その答えが示される。



