
冬の寒気が残る朝、いつも通り始まるはずだった一日は、突然の嘔吐と下痢によって一変する。全国で相次ぐノロウイルス食中毒は、いまや飲食店や介護施設にとどまらず、世界最高峰の舞台であるオリンピックにも影を落とした。夏の病気という思い込みを裏切るように、静かに、しかし確実に広がる「冬の感染症」。私たちは、どこで、どのように感染し、何に気をつけるべきなのか?ノロウイルスの実像に迫る。
静かな冬の街で、突然始まる異変
寒気が残る冬の朝。飲食店の開店準備が進む調理場や、いつもと変わらぬ介護施設の食堂で、異変は静かに起きていた。
全国各地でノロウイルスによる食中毒が相次いでいる。青森市は2月9日、市内の韓国家庭料理店を利用した7人が嘔吐や下痢の症状を訴え、ノロウイルス食中毒と断定。保健所は同店に対し、11日までの営業停止を命じた。
その影響は国内にとどまらない。6日に本格開幕したミラノ・コルティナ冬季オリンピックでも、女子アイスホッケー・フィンランド代表の複数選手が感染し、試合が延期された。国際オリンピック委員会(IOC)は集団感染を否定しているが、世界最高峰の舞台ですら感染を防ぎ切れなかった事実は、ノロウイルスの脅威を象徴している。
「夏の病気」という思い込み
食中毒は夏のもの──そうした認識は根強い。しかし、冬こそがウイルス性食中毒の本番だ。
細菌性食中毒の原因となるカンピロバクターやサルモネラ菌は高温多湿を好む。一方、ノロウイルスは低温や乾燥環境でも感染力を失いにくい。空気が乾き、人の活動が屋内に集中する冬場は、ウイルスにとってむしろ好条件となる。
ノロウイルスは、インフルエンザウイルスよりもさらに小さく、わずか数十個という微量でも感染が成立する。ひとたび施設や飲食店に持ち込まれれば、あっという間に広がる理由がそこにある。
原因不明が多い「見えない感染」
ノロウイルス食中毒の約7割は、原因食品を特定できないとされる。
カキなどの二枚貝が注目されがちだが、実際には感染した調理従事者の手指を介して食品が汚染されるケースが多い。本人に自覚症状がなくても、ウイルスを排出していることがあるためだ。
「カキを食べていない」「家族も元気だった」。それでも感染する背景には、こうした“見えない感染経路”が潜んでいる。
介護施設で顕在化する深刻なリスク
滋賀県では、草津市の特別養護老人ホームなど県内5カ所の介護施設で83人が発症し、80代の男性2人が死亡した。
高齢者や基礎疾患のある人にとって、ノロウイルスは単なる胃腸炎では済まない。激しい嘔吐や下痢による脱水が命取りになることもある。
空気感染ではない、だが安心もできない
ノロウイルスは結核や麻疹のような空気感染はしないとされる。ただし、嘔吐時に飛び散る微細な飛沫や、乾燥した嘔吐物・便が塵となって舞い上がる「塵埃感染」は起こり得る。
駅や商業施設での嘔吐現場を通過しただけでも、靴底や衣服、手指を介してウイルスが体内に入る可能性は否定できない。
私たちにできる、現実的な防衛策
有効な治療薬がない以上、頼れるのは予防だけだ。
・石けんと流水による丁寧な手洗い
・二枚貝など食品の十分な加熱
・嘔吐物処理時のマスク・手袋着用と次亜塩素酸による消毒
・体調不良時は無理をせず外出を控える
飲食店や施設側の衛生管理はもちろん、消費者自身が「知らないうちに感染するウイルス」であることを理解し、日常の行動を変えることが流行を抑える第一歩となる。



