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東京オートサロン2026盗撮問題 瀬名ひなの告発で噴出した「モデル不要論」の歪み

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東京オートサロン
東京オートサロン2026 公式サイトより

東京オートサロン2026で相次いだ盗撮被害は、「嫌ならモデルをやめろ」「最初から立たせるな」という反発を呼び込んだ。下衆な視線と責任転嫁が噴き出した現場の論争を追う。

 

東京オートサロン2026で何が起きたのか 盗撮被害と論争の出発点

千葉・幕張メッセで開催された世界最大級のカスタムカーイベント「東京オートサロン2026」で、来場者の視線が一気に車から逸れた。9日から11日にかけて行われた同イベントでは、レースクイーンやキャンペーンガールが下半身や胸元など身体の一部を執拗に撮影される被害が相次ぎ、SNS上で問題が噴出した。

ただし今回の騒動は、単なる盗撮問題では終わらなかった。被害を訴える声に対し、「だったらモデルをやめればいい」「そもそもモデルはいらない」といった反発が重なり、論点は急速にズレ始めた。現場で起きていたのは、被害と開き直りが真正面からぶつかる、極めて後味の悪い論争だった。

 

下半身だけを狙うレンズ 瀬名ひなのの告発が突き破った沈黙

騒動の象徴となったのが、レースクイーンやラウンドガールとして活動する瀬名ひなのの告発だ。瀬名は11日、自身のXで「下半身だけ撮られました。とても不快です。やめてください」と投稿した。丁寧な言い回しも、配慮もない。だがそれは、そうしなければ伝わらない現実があったからだ。

現場では、車でも全身でもなく、露骨に脚や腰、胸元だけを追い回すレンズが存在していたという。ファインダー越しに人を分解し、肉のパーツとして切り取る。そこにあるのは撮影ではない。覗きだ。瀬名の投稿をきっかけに、「自分も同じだった」「ずっと体の一部だけを狙われた」という声が次々と噴き出した。

これまで多くのモデルは、不快感を飲み込み、「仕事だから」「慣れているから」と自分を納得させてきた。その我慢が限界に達した瞬間だった。

 

「どこに禁止って書いてある?」逆ギレと下衆な視線の正体

現場の空気の悪さを象徴したのが、辻門アネラの投稿だ。辻門は9日、ブースで下半身をドアップで撮り続ける人物に声をかけたところ、「どこに禁止って書いてある?」と返されたという。

この一言が示すのは、ルール解釈の問題ではない。相手を人として扱う気があるかどうか、その一点だ。撮られる側が明確に嫌がっているにもかかわらず、禁止事項の有無を盾に居直る。そこには羞恥も遠慮もない。

現場では、モデルが少し体勢を変えればレンズもぬるりと追従し、脚のラインをなめ回すようにシャッターが切られる。撮っているのは一瞬ではない。欲望を薄める気も隠す気もない。気持ち悪さが、そのまま行動に染み出ている。

桐生もえこが「下半身のみの撮影はご遠慮ください」と呼びかけ、「盗撮反対」「盗撮罰金」「盗撮成敗」といった強い言葉を並べたのは、相手が理屈で通じる存在ではなかったからだ。丁寧なお願いでは止まらない。だから言葉も荒れる。荒れさせたのは、モデル側ではない。

 

ルールは存在する それでも守られない異常な現場

東京オートサロンでは、身体の一部を拡大、強調した撮影を禁止するルールが公式に定められている。今回問題となった行為は、グレーでも誤解でもない。完全にアウトだ。

それでも「知らなかった」「書いていない」と言い張る人間が現れる。ルールが足りないのではない。守る気がないだけだ。

洗車用品専門店KYOTO DETAILは、出展企業として被害対応に追われた。他のカメラマンから「胸元ばかりを狙って撮影している人物がいる」と報告を受け、映像を確認。証拠を押さえたうえで本人に声をかけ、すべてのデータを開示させ、その場で削除させたという。

車を売りに来た企業が、盗撮行為の後始末まで背負わされる。この時点で、現場がいかに歪んでいたかは明らかだ。

 

噴き出した「モデル不要論」 責任転嫁という名の逃げ

ここから論争は一気に下衆になる。SNSでは、「嫌ならモデルをやめればいい」「車が主役なんだからモデルはいらない」「撮影禁止なら存在自体が邪魔」といった声が溢れた。

要するに、「見る側が不快にならないために、見られる側が消えろ」という理屈だ。盗撮した側の行為は棚に上げ、「だったら立つな」で全てを終わらせる。これほど都合のいい話はない。

「データを削除するよりモデルを削除してほしい」という声まで出た。問題を起こしたのは誰か。その基本すらどうでもよくなり、矛先は常に弱い立場へ向かう。被害を訴えれば、「騒ぐから仕事がなくなる」「黙っていればよかったのに」と冷笑される。

だが問われているのは、モデルの存在価値ではない。欲望を制御できず、それを正当化する言葉だけは一丁前に並べる、その下世話な本音だ。

東京オートサロン2026で露わになったのは、車文化でもモデル文化でもない。来場者の側が、どこまで露骨に欲をむき出しにできるかを競うような空気だった。下品なのは誰か。その問いから、誰も逃げられなくなっている。

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ライター:

千葉県生まれ。青果卸売の現場で働いたのち、フリーライターへ。 野菜や果物のようにみずみずしい旬な話題を届けたいと思っています。 料理と漫画・アニメが大好きです。

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