
冬の日本海を渡る風が冷たくなるころ、鳥取県境港市の夢みなとタワーでは、入賞作品の発表イベントが行われる。
会場には妖怪をかたどった装飾やパネルが並び、子どもから大人まで多くの来場者が笑顔で耳を傾ける。
境港ならではの“妖怪のまち”らしい空気が、あたたかく会場を包む。
境港を舞台に18年間続いてきた「妖怪川柳コンテスト」が、開催20回目をもって終了することが決まった。
主催する観光協会は、「生成AIの発達により、人間の作句とAIによる句の区別が難しくなった」ことを理由に挙げている。
水木しげるの故郷・境港が育んだ文化イベント
このコンテストは2006年、漫画家・水木しげるの故郷として知られる境港を全国に発信するために始まった。
「妖怪」をお題に、時事や流行を五七五で詠むユニークな公募企画として、全国各地から作品が寄せられた。
最盛期の2010年代前半には8000句を超える応募があり、授賞式では妖怪の着ぐるみたちが舞台で作品を披露。
世相を映す一句に笑いや共感が広がり、地域の象徴として愛されてきた。
AIが作る「五七五」 境界があいまいに
近年、生成AIの発達により、短詩や俳句、川柳などを自動で作る技術が急速に進化している。
AIは膨大な過去の作品を学習し、わずか数秒で五七五の構成を整え、言葉に感情を添えた句を生み出す。
観光協会によると、「AIを使わない」と明記しても、実際の使用を見抜くことはほぼ不可能だという。
「人間の発想なのか、AIの出力なのか。どちらにも詩情がある一方で、審査の公平性を保つのが難しくなった」。
こうして、20回目の節目での終了を決めた。
今後は、実際に境港を訪れて妖怪文化を体験できるような、参加型の新企画を構想しているという。
最後の応募は12月15日まで、観光協会のホームページで受け付けている。
「創作の意味」問う声も
終了の知らせを受け、インターネット上では多くの反響があった。
「AIの問題というより、使う側のモラルの問題」「これからは地域や学校単位の小規模な催しが良い」などの意見に加え、
「AIを活かして新しい形の表現を生み出すべき」といった前向きな声もあがった。
AIの進化は創作の自由を広げる一方で、人間の“表現する理由”を改めて突きつけている。
人が時間をかけ、感情を込めて紡ぐ一首と、数秒で生み出される一句。
その差は、もはや技術ではなく「心の温度」にあるのかもしれない。
AI時代に残る“人の声”
妖怪川柳が残してきたのは、笑いと皮肉、そして人間らしい感情だった。
AIがどれだけ巧みに言葉を選んでも、そこに込められた体験や息遣いまでは模倣できない。
水木しげるが描いた妖怪たちは、人の想像力が生み出す豊かさそのものだった。
その魂を受け継いだ境港が、AI時代にどのような創造の場を築くのか。
人が詠むことの意味を、あらためて見つめ直す時が来ている。



