
東京都世田谷区の集合住宅で、身長110センチの車椅子インフルエンサーで元キャバ嬢の鈴木沙月容疑者(28)が、自宅で生後3カ月の長女を殺害したとして逮捕された。SNSで前向きな発信を続けていた「小さな体の母」は、なぜ我が子を手にかけたのか。その裏にあった孤独と絶望を追う。
浴室に残された母子の記録
事件が起きたのは11月3日深夜から翌4日未明にかけてだった。鈴木容疑者は自宅の浴室で、長女・優愛ちゃん(生後3カ月)の頚部や腹部を刃物で切りつけ殺害。4日朝、「ごめんなさい。私は死ねなかった。赤ちゃんをやった」と自ら通報した。駆けつけた警察官は、浴槽のフタの上に倒れていた女児を確認。その場で死亡が確認された。
トイレには凶器とみられる包丁が落ちており、容疑者は「首を吊ろうとしたができなかった」と話している。供述によれば、離婚の話が進み「親権を取られるくらいなら娘を殺して自分も死のうと思った」という。夫は事件当日、実家に帰省して不在。翌朝には娘が夫のもとへ引き取られる予定だった。
“110センチの母”が見せていた笑顔の裏で
鈴木容疑者は先天性骨形成不全症のため、身長110センチ前後。車椅子での生活を送りながらキャバクラで働き、タレント活動も行っていた。SNSでは「内藤沙月」の名で活動し、華やかな服装や笑顔でフォロワーを励ましていた。「障がいがあっても母になれる」「小さくても夢を叶えられる」と前向きな言葉を残し、多くの共感を得た。
一方で、そうした発信が“理想の母像”として拡散されることで、本人に重圧がのしかかった可能性もある。社会が彼女に投影したのは「明るく、努力する母」の姿。その理想像を演じ続けるために、現実の疲弊や孤独を隠し続けていたのかもしれない。
二度の喪失と、“奇跡の出産”のその後
4年前、鈴木容疑者は前夫との間に授かった子を死産で失った。深い悲しみを抱えながらも再起し、2023年に現在の夫と出会い、翌年春に長女を出産。YouTubeの動画で「奇跡の命」と紹介し、フォロワーからは祝福のコメントが相次いだ。
だが、出産後まもなく夫婦関係は悪化した。育児の負担や経済的な不安、そして産後うつの兆候があったとみられる。離婚話が進み、親権をめぐる言い争いが繰り返された。事件の2日前には「親権をめぐって口論になった」と通報しており、家庭内の緊張は限界に達していた。
夫は事件翌日に娘を実家へ引き取る予定だった。わずか数時間の差が、取り返しのつかない悲劇を生んだ。
「優しそうな夫婦だったのに」 住民たちの動揺
同じ集合住宅の住人たちは、事件を知り驚きを隠せなかった。
「春から見かけるようになり、いつも2人で犬の散歩をしていた。旦那さんが車椅子を押して、笑い合っていて仲が良さそうだった」
「エントランスで困っていたときに手を貸したら、明るくお礼を言ってくれた。とても礼儀正しくて、印象が良かった」
争う声を聞いたことは一度もなく、誰も家庭内の問題に気づけなかったという。見た目の幸福と内面の崩壊、そのギャップが事件の衝撃を一層深めている。
SNSに広がる衝撃と怒り、そして哀しみ
事件報道が出ると、SNS上には驚きと怒り、そして戸惑いの声が広がった。
「信じられない。あんなに明るく生きていたのに」「SNSの笑顔が全部演技だったのかと思うと苦しい」
「障がいを理由に母親を責めるのは違う。支援があれば防げたはず」「社会が彼女を追い詰めた」
一方で、被害者である優愛ちゃんの冥福を祈る投稿も相次ぎ、「赤ちゃんに罪はない」「誰かが助けていれば」との声が拡散した。事件は、ネット上で“努力する障がい者の母”として称えられた女性が、現実の孤立の中で崩れていった悲劇として、多くの議論を呼んでいる。
許されぬ罪と、支援の欠落が突きつけた現実
母親が子を殺める行為は、いかなる理由でも許されない。しかし、社会はそこに至る過程を直視する必要がある。身体的ハンディキャップ、産後の心身負担、夫婦関係の破綻、孤独育児。複数のリスクが重なっても、実際に手を差し伸べる支援は限られていた。
鈴木容疑者はSNSでは“成功の象徴”だったが、現実の生活は支援の網からこぼれ落ちていた。今回の事件は、支援制度が「あること」と「届くこと」の間にある断絶を突きつけている。誰もが見過ごした小さなサインを、次こそ社会は見逃してはならない。



