
9月29日、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』が幕を開けた。静かに流れる主題歌とともにスクリーンに並ぶのは、主演二人のスナップ写真だけ… これまでの朝ドラにはなかった挑戦的なオープニングに、視聴者から「朝ドラ史上最高に癒やされる」との声が相次いだ。さらに本編冒頭では、怪談「耳なし芳一」を語り終えたヒロインが、夫から“おでこキス”を受けるシーンが描かれ、25週にわたるラブストーリーの始まりを告げる。初回からSNSや「あさイチ」を賑わせた、その舞台裏と狙いを探った。
写真だけのオープニングが伝える“夫婦の温度”
朝8時。柔らかなギターの音色に包まれた瞬間、画面いっぱいに広がったのは、自然光に照らされた夫婦のスナップ写真だった。写真家・川島小鳥が切り取ったのは、畳に腰を下ろして顔を見合わせる笑顔、庭先で陽を浴びながら寄り添う姿…。一枚ごとに短編映画の一場面を覗き込んでいるようで、視聴者は物語が始まる前から夫婦の暮らしへと引き込まれていった。
その映像に寄り添うのは、ハンバート ハンバートの主題歌「笑ったり転んだり」。男女の声が重なり合うシンプルなアコースティックが、写真のぬくもりと見事に呼応する。SNSには「写真だけで泣ける朝ドラは初めて」「従来の雰囲気を残しつつも、静止画で勝負するのは大胆」といった驚きと称賛が相次いだ。
ただし一方で、タイトルバックの出演者クレジットが小さすぎるとの指摘もあった。直後の『あさイチ』では博多華丸が「全国のおじいちゃんおばあちゃんが“これ誰?”と画面に顔を近づけているはず」と身振りを交えてツッコミ、スタジオを笑わせた。こうした“朝ドラ受け”のやりとりも含め、初日から新作の個性が鮮やかに刻まれた。
怪談と“おでこキス”で始まる物語
本編の冒頭、ヒロイン・松野トキ(高石あかり)が夫レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)に怪談「耳なし芳一」を語り聞かせる場面が描かれる。静かな部屋に響く言葉、息をひそめて聞き入るヘブン。その余韻のなかで彼はそっと顔を寄せ、トキの額に軽く口づけを落とす。わずかに赤く染まる彼女の頬。照れ笑いが浮かぶ瞬間、視聴者の胸にも小さなときめきが走った。
実はこのシーン、台本では「手の甲への口づけ」だったという。しかし演出の村橋直樹氏は「手では距離感が伝わらない。顔が近づく画にするなら、おでこが一番自然」と判断し現場で変更した。制作統括の橋爪國臣氏も「25週続くラブストーリーの宣言」として、この“おでこキス”を冒頭に置いたと明かす。
こうした演出の根底には、ヒロインのモデルとなった小泉セツが残した随筆『思い出の記』がある。そこには「先生」と呼び合いながらも、互いを思いやる愛情深い関係が綴られていた。橋爪氏は「役者にも主題歌のアーティストにもこの本を読んでもらい、私たちが描きたい空気を共有した」と語っている。
阿佐ヶ谷姉妹の“蛇と蛙”が生むユーモア
緊張感のある冒頭をやわらげるのは、お笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹の声。蛇と蛙に扮し、夫婦を茶化すような掛け合いを演じた。
「朝なのに夜みたい」「でも二人は温かいのね」。独特の間と声色が、不思議と物語に馴染む。SNSでも「予想外だったけど癒やされた」「不釣り合いのようで絶妙」と好評が寄せられた。
ナレーションに芸人を起用するのは異例だが、怪談という題材にユーモラスな調子を差し込むことで、朝ドラとしての“軽やかさ”を確保している。
松江発、文明開化の中で描かれる夫婦
『ばけばけ』は明治初期の松江が舞台。没落士族の娘・松野トキと外国人の夫ヘブンは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻セツをモデルにしている。文明開化によって日本社会が大きく変わる中で、異国の夫婦が「怪談」を通じて日常を紡ぐ姿が描かれる。
初回では子ども時代のトキ(福地美晴)や両親(岡部たかし・池脇千鶴)、祖父(小日向文世)も登場。貧しく世をうらむ日々のなかで、父が「娘に良い暮らしをさせたい」と決意する姿が印象的に映し出された。時代の重苦しさと、夫婦の柔らかな空気感。そのコントラストが物語を引き締めている。
視聴者の反応と今後への期待
放送直後、SNSには「朝ドラ史上最高に癒やされるオープニング」「短編映画のようだった」と称賛の声が続出。
一方で「字幕が小さい」「教師が人前で父親を批判するのは気になった」といった指摘もあったが、大多数は「次回も見たい」という前向きな反応だ。
過去作『らんまん』の映像美や『カムカムエヴリバディ』の音楽演出と比べても、『ばけばけ』は“静止画”という異色の選択で鮮烈な印象を残した。怪談がただの恐怖譚ではなく、「夫婦の愛の言葉」として響く。制作陣が掲げるテーマがどこまで浸透していくか、注目が集まる。
写真とキスで始まった新しい朝ドラ体験
初回は、癒やしと驚きに満ちたスタートだった。
写真だけのオープニングは朝の余白を感じさせ、“おでこキス”は25週のラブストーリーを宣言する。蛇と蛙の掛け合い、松江の時代背景、そして小泉八雲夫妻の史実に根ざした物語…。『ばけばけ』は、静かに、しかし確かに視聴者の心を掴んだ。明日以降、怪談がどのように愛の言葉として紡がれていくのか、期待が高まる。