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山上徹也はなぜ死刑ではないのか? 無期懲役の疑問

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山上、死刑回避

「主文、被告人を無期懲役とする」。1月21日、奈良地裁。日本中が固唾を飲んで見守った判決公判で、山上徹也被告(45)に下されたのは、生命を奪う「極刑」ではなく、生きて罪を償う「無期懲役」だった。

しかし、この判決は国民の法感情に合致していると言えるのか。希代のテロリストを“生かす”判断は、将来に禍根を残さないか。

 

「永山基準」の壁と、司法が避けた「英雄化」

検察側は論告で、犯行を「極めて危険で著しく悪質」「入念な準備に基づく計画的犯行」と断罪した。さらに「首相経験者の殺害は戦後初で、社会的影響は甚大」と強調したが、求刑の段階から「死刑」ではなく「無期懲役」を選択していた。

なぜ、一国の元首相を白昼堂々殺害した被告に対し、死刑が求められなかったのか。そこには日本の司法における厳格な「相場」が存在する。

「最大の理由は、被害者が1名であることです。日本の裁判実務には『永山基準』という判例があり、殺害された被害者が1名の場合、身代金目的や過去に殺人前科がある場合を除き、死刑選択は極めて慎重にならざるを得ない。検察側は、あえて死刑を求刑して却下されるリスクや、裁判が長期化することで被告が神格化されるリスクを避けたとも見られます」(司法記者)

 

奈良地裁もこの流れを踏襲した。判決では「生い立ちは刑罰を軽くするものではない」と被告に厳しく接しつつも、量刑判断においては過去の殺人事件の枠組み(量刑相場)を出ることはなかった。

だが、これは単なる「1人の殺人」だったのか。選挙制度という民主主義の根幹に対する挑戦ではなかったか。司法は、その重大な意味合いよりも、形式的な「人数」を優先した形だ。

法廷での「冷静な肉声」と「動じない姿」への戦慄

 

死刑を回避した最大の理由の一つに、被告が反省の態度を示しているかどうかが挙げられる。しかし、この日、法廷に立った山上被告の姿は、心からの懺悔とは程遠いものに見えた。

3年半の勾留生活を経た被告は、白髪が目立ち、容貌こそ変化していたが、その精神状態は不気味なほど安定していた。  被告人質問で「(安倍氏の遺族に)非常に申し訳ないことをした」と謝罪の言葉こそ口にしたが、それは感情の発露というより、論理的な事実確認のように響いた。

何より、彼の本音は別の場所にあった。

「教団に打撃を与えるのが、人生の意味と思った」

法廷でそう明言した被告。目的(教団への打撃)は達成され、自身は死刑を免れた。これでは、彼の「勝ち逃げ」を許したことにならないか。

「弁護側が主張した『悲惨な生活上の経験』や『母親の信仰による家庭崩壊』は、確かに同情すべき点です。しかし、検察側が指摘したように『被告以上に不遇でも犯罪に及ばない人は数多くいる』のが現実です。彼の『生』を肯定することは、同様の境遇にある者による『暴力による解決』を肯定するメッセージになりかねない」(週刊誌記者)

 

差し入れられた「多額の支援」と被害者の無念

さらに、この判決が一般市民の感覚と乖離していると感じさせるのが、被告を取り巻く「支援」の存在だ。

事件以降、大阪拘置所の山上被告のもとには、全国から現金書留や衣類、食料などの差し入れが相次いだ。一部報道によれば、その現金は数百万円単位とも、それ以上とも言われている。無期懲役が確定すれば、彼は刑務所内で衣食住を保障され、支援者から届いた金銭を使って豪華なメリヤスなど嗜好品を購入したり、書籍を読んだりして余生を過ごすことができる。

一方で、凶弾に倒れた安倍元首相は戻らない。法廷で読み上げられた妻・昭恵さんの書面には、突然家族を奪われた深い悲しみと喪失感が綴られていた。被害者は沈黙を強いられ、加害者は支援金に囲まれて生き続ける。この理不尽な対比こそが、今回の「無期懲役」判決が抱える最大の矛盾ではないだろうか。

 

「テロを成功体験にしてはならない」

弁護側は最終弁論で「当日の警備の不備」や「安倍氏の遊説日程の変更」という偶然性にも言及し、計画性の高さを否定しようとした。しかし、結果として元首相の命が奪われた事実は重い。

ある政治評論家はこう警鐘を鳴らす。「もし、この判決が『政治的動機があり、家庭環境に同情の余地があれば、要人を暗殺しても命は取られない』という前例として定着してしまえば、第二、第三の山上を生む土壌になりかねない。民主主義社会において、暴力による現状変更は最も重い罪として裁かれるべきだったのではないか」

判決の瞬間、微動だにしなかった山上被告。その胸中には、死刑を免れた安堵があったのか、それとも「計算通り」という冷徹な確信があったのか。昭和、平成、令和を通じ、戦後犯罪史に深く刻まれたこの事件の結末として、この量刑はあまりに軽すぎたと言わざるを得ない。

 

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ライター:

新聞社・雑誌の記者および編集者を経て現在は現在はフリーライターとして、多方面で活動を展開。 新聞社で培った経験をもとに、時事的な記事執筆を得意とし、多様なテーマを深く掘り下げることを得意とする。

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