
2026年3月に開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシックに向け、野球日本代表「侍ジャパン」は26日、第一陣となる代表選手8人を発表した。
会見に臨んだ井端弘和監督が選んだのは、全員が投手という異例の構成だった。大会連覇を掲げる新体制は、なぜこの順序で動き出したのか。発表の裏にある意図と、選ばれた顔ぶれが持つ意味を掘り下げる。今大会は全試合がNetflixで独占配信される。
投手先行は偶然ではない 井端体制が重視する短期決戦の本質
第一陣8人がすべて投手という事実は、強烈なメッセージを含んでいる。
井端監督が強調したのは「WBC使用球への対応」だが、それは表層的な理由に過ぎない。短期決戦の国際大会において、試合の主導権を握る最大の要素は投手力である。特に初戦や接戦では、わずかな制球のズレ、球質の違いが致命傷になりかねない。
前回大会で日本が世界一に輝いた背景にも、序盤から終盤まで安定した投手起用があった。井端体制はその成功体験を踏まえつつ、さらに準備段階を前倒しする判断を下したと言える。野手はある程度の即応性が期待できる一方、投手はボールやマウンドへの適応に時間を要する。だからこそ、最初に手を付けるべきは投手陣という明確な優先順位が示された。
2026年WBC 日本代表・第一陣発表選手一覧
今回発表された8人は以下の通りだ。
| 背番号 | 選手名 | 年齢 | 所属 |
|---|---|---|---|
| 1 | 松井裕樹 | 30歳 | パドレス |
| 14 | 伊藤大海 | 28歳 | 日本ハム |
| 15 | 大勢 | 26歳 | 巨人 |
| 16 | 大谷翔平 | 31歳 | ドジャース |
| 17 | 菊池雄星 | 34歳 | エンゼルス |
| 26 | 種市篤暉 | 27歳 | ロッテ |
| 61 | 平良海馬 | 26歳 | 西武 |
| 69 | 石井大智 | 28歳 | 阪神 |
大谷翔平を中心に回る代表の重心 象徴が生む求心力
2大会連続出場となる大谷翔平の存在は、戦力面以上に象徴的だ。
井端監督は「グラウンドで暴れてもらえれば、周りにも良い影響しか与えない」と語ったが、その言葉通り、大谷はチームの重心そのものと言える。勝ち方を知り、世界一の景色を体験した選手が中心にいることは、代表チームにとって何よりの安心材料だ。
また、大谷が早期に参加を表明している点も重要だ。メジャーリーガーの出場可否が流動的になりがちなWBCにおいて、最初から核が定まっていることは編成面でも大きな意味を持つ。連覇という高い目標を、机上の空論ではなく現実の計画として落とし込める環境が整いつつある。
メジャー経験が注入する国際基準 菊池雄星と松井裕樹の役割
初選出の菊池雄星について、井端監督は「まずは自分の調整に努めてもらえれば」と語った。
一見すると距離を保った表現だが、その裏には明確な期待がある。長年メジャーのローテーションを経験してきた左腕は、試合への入り方、コンディション管理、メンタルの保ち方など、数字では測れない部分で代表に還元できる存在だ。
3度目のWBCとなる松井裕樹は、役割を理解した即戦力だ。「いつでもどこでも投げる」というコメントは、ブルペンの柔軟性を象徴している。短期決戦では、こうした自己犠牲を厭わない投手の存在が勝敗を分ける場面も少なくない。
国内組が示す連続性と世代交代の同時進行
伊藤大海と大勢は、前回大会の世界一を知る数少ない国内投手だ。伊藤が語った「日本の強さを世界に示したい」という言葉には、経験者としての自覚がにじむ。大勢も「前回大会は野球人生の財産」と振り返り、その延長線上に今回の挑戦を位置付けている。
一方で、種市篤暉、平良海馬、石井大智といった初代表組は、世代交代の象徴でもある。
種市はサポートメンバーとして前回大会を間近で見ており、世界一の空気を知る数少ない未経験者だ。平良は代表経験を重ねてきた中継ぎとして安定感があり、石井は成長途上の右腕として新たな選択肢を提供する。経験と新戦力が同時に組み込まれている点は、チームの持続性を意識した編成と言える。
未発表組を残した意味 選考はまだ動いている
今回の発表に山本由伸や今永昇太の名前がなかったことは、驚きであると同時に想定内でもある。井端監督は「MLBから返事がない選手もいる」と語り、複数のプランを用意していることを明かした。これは不透明さではなく、柔軟性の表れだ。
野手を含めた全体像は1月中旬をめどに見えてくる見通しで、第一陣はあくまで土台作りに過ぎない。情報を小出しにすることで、相手国に戦略を読ませない効果も期待できる。
Netflix独占配信が変えるWBCの風景 地上波不在に広がる戸惑いと期待
2026年WBCは、全試合がNetflixで独占配信される。
世界同時配信という点では、WBCが新たな段階に入ったことを示す象徴的な出来事だ。一方で、日本国内では早くも戸惑いと残念がる声が広がっている。
これまでWBCは、地上波中継を通じて「偶然目にする国民的イベント」としての側面を持ってきた。普段は野球を見ない層が、決勝戦や大一番だけはテレビをつけ、家族や職場、学校で話題を共有する。そうした裾野の広がりが、代表戦特有の熱狂を生んできた歴史がある。
しかし今回は地上波放送がなく、視聴にはNetflixへの加入が前提となる。この点についてSNSでは、「WBCは家族でテレビ観戦するのが恒例だったのに」「地上波がないと盛り上がりが一段落ちる気がする」「高齢の親に説明するのが大変」といった声が相次いでいる。特に、野球ファンではあるものの配信サービスに慣れていない層にとっては、心理的なハードルが低くない。
一方で、肯定的な意見も少なくない。
「世界同時配信なら海外の反応もリアルタイムで見られる」「CMなしで試合に集中できるのはありがたい」「代表戦がグローバル基準になるのは良いこと」といった声があり、WBCを国際的コンテンツとして捉える視点も広がっている。
Netflix独占配信は、単なる放送形態の変更にとどまらない。視聴スタイルが個人単位に細分化され、SNSを通じてリアルタイムで感情が拡散される構造は、これまでの「テレビの前で同時に盛り上がるWBC」とは異なる風景を生み出す可能性がある。熱狂の形は変わるが、消えるわけではない。
井端体制の侍ジャパンが挑む今回のWBCは、競技としての戦いだけでなく、スポーツコンテンツの在り方そのものが試される大会にもなる。地上波不在を惜しむ声と、新時代への期待。その両方を抱えながら、WBCは新しいステージへと踏み出そうとしている。



