北の大地で逮捕された「忘れられない顔」

「私的流用は絶対してませんからね!」
テレビカメラに向かって顔を紅潮させ、唾を飛ばさんばかりの勢いで絶叫する男の姿を記憶しているだろうか。あるいは、屈強な体躯を黒い隊服に包み、なぜか部下の男性職員とキスをする異様な映像を。
あの一度見たら忘れられない強烈なインパクトの持ち主が、ふたたび警察の厄介になった。2025年12月8日、北海道警に逮捕されたのは、岡田栄悟容疑者(46)。容疑は詐欺である。
今回のターゲットは、震災復興予算ではなく、国の「スマート農業」だった。警察の調べによると、岡田容疑者は旭川市の男女2人と共謀し、農林水産省が公募するスマート農業機械の導入補助金制度を悪用。実際には納品されていない機械を納品されたように装うという、あまりに古典的な手口で、現金約882万5000円をだまし取った疑いが持たれている。
かつて岩手県山田町を舞台に、被災者のための復興予算を湯水のごとく使い込み、懲役6年の実刑判決を受けて塀の中へ落ちた男。刑期を終え、シャバの空気を吸った彼が選んだ道は、地道な更生ではなく、またしても「公金チューチュー」の甘い汁を吸うことだったようだ。
“大雪”は止んでも“横領”は止まず
時計の針を2011年に戻そう。東日本大震災直後の混乱期、岡田容疑者はNPO法人「大雪りばぁねっと。」の代表として、北海道から被災地・山田町へと乗り込んだ。
「水難救助の専門家」という触れ込みだったが、町が求めた履歴書の提出を「後で出す」とのらりくらりと拒否し続け、結局最後までその素性が明かされることはなかった。身元不明のまま、彼は言葉巧みに町役場の中枢に入り込み、緊急雇用創出事業として総額12億円もの巨額予算を握ることに成功する。
ここから岡田容疑者のタガは完全に外れた。彼は復興支援団体を、自身の欲望を満たすための「私設軍隊」へと作り変えていく。隊員には高価なイタリア製ブランドの制服を支給し、自分は「部隊長」として君臨。
活動拠点となった町営体育館には無断で1億円以上を投じて改修工事を行い、電子ロック付きの「災害対応司令部」や、入り口が隠し扉になった秘密部屋まで作り上げた。被災地支援とは名ばかりの、まさに「岡田帝国」の建設だった。
法の抜け穴を突く「湯けむり」錬金術
彼の悪知恵が最も発揮されたのが、入浴施設「御蔵(おぐら)の湯」の建設だ。本来、この事業の予算で新たな建物を建てることは「資産形成」にあたるとして禁じられている。そこで岡田容疑者は「リースなら経費扱いでいける」という屁理屈をひねり出した。
腹心の部下にダミー会社「オール・ブリッジ」を設立させ、そこに施設を建てさせた上で、町から受け取った事業費で高額なリース料を払い続けるというスキームを完成させる。表向きは被災者のための憩いの場だった温泉施設は、裏では公金を岡田一派の懐へと還流させるための巨大なマネーロンダリング装置として機能していたのである。
「おかわり」の代償は137人の首切り
湧いてくる公金に対する彼の金銭感覚は、麻痺という言葉では生ぬるいほどだった。旭川に住む妻や母、元内縁の妻など、勤務実態のない親族へ「給与」名目で送金し、私的なマンションや土地の購入資金に充てる。事業とは無関係な高級スーツやブランド指輪を買い漁り、ジェットスキーを乗り回す。被災地が瓦礫の山と格闘している最中、彼は公金で貴族のような生活を謳歌していたのだ。
だが、宴は唐突に終わる。2012年12月、岡田容疑者は町長にあっけらかんと告げた。「お金を使い切った」と。
予算が底をついたことで、彼は雇っていた地元住民137人全員に対し、クリスマスの日に解雇を通告する。年末の寒空の下、生活の糧を奪われた被災者たちの絶望をよそに、後に逮捕された岡田容疑者は法廷で「私が立て替えた金だ」などと強弁し、反省の色を見せることはなかった。
あれから十数年。スマート農業という新たな「金脈」を見つけ、再びあくどい種まきを行った岡田容疑者。
しかし今回、警察という名の収穫者に刈り取られる結末となった。かつて12億円を溶かした男にとって、今回の880万円はいささかスケールの小さい「凶作」だったかもしれないが、その懲りない性根だけは、見事に実っていたようである。



