上場維持か非公開化か JALとAGPが対立激化

日本航空(JAL)が主導する形で提案された株式会社エージーピー(AGP)の非公開化を巡り、両社の対立が激しさを増している。AGPは2025年5月21日、外部有識者による「ガバナンス検証委員会」からの報告書を受領し、その内容を開示。報告書では、JALを含む大株主3社による構造的な利益相反とガバナンス上の問題が多角的に指摘され、非公開化提案の正当性に疑義を呈した。
JALは4月25日、AGPの定時株主総会において、株式併合によって株主構成をJAL、日本空港ビルデング(JAT)、ANAホールディングスの3社に限定し、事実上の上場廃止(非公開化)を図る株主提案を公表していた。
「構造的な利益相反」への警鐘
AGPは、羽田空港をはじめとする国内主要空港で、航空機への電力・空調供給を行う空港インフラ事業を展開する。旧運輸省主導で設立された経緯もあり、2024年3月末時点でJALが30.46%、JATが24.49%、ANAが18.29%を保有し、大株主3社で議決権の約73%を占める。
報告書では、大株主出身者が取締役や監査役の多くを占めてきたことに言及し、「意思決定の独立性が損なわれるリスク」が常態化していたと指摘。JAL出身者が歴代社長を務めてきた経緯や、取締役会の構成が実質的に大株主の影響下にある点も明らかにされた。
さらに、利益相反の現実例として、以下の事例が挙げられた:
- コロナ禍におけるJAL・ANAへの料金減免措置(取締役会の正式決議なし)
- 移動式設備を用いた動力供給の価格が赤字継続でも見直されなかったこと
- JALへの保守管理契約単価が長年据え置かれたままであったこと
これらはすべて、JALとの関係性が経営判断に影響したとみられる内容であり、AGPの中立性に深刻な影を落としていたと報告書は分析する。
JALの主張:「非公開化で効率的なガバナンスを」
一方、JAL側は「潜在的な利益相反構造を解消するには非公開化が最善」との立場をとる。AGPが少数株主に配慮するあまり、大株主との個別対話すら拒む傾向にあり、経営のスピード感や柔軟性が損なわれていると問題提起する。
JALは買い取り価格を1株1,550円と提示し、JATおよびANAHDとの合意も得た上で、株式併合による非公開化を進めようとしている。
AGP側は真っ向から反発 「根拠なき買収提案」
AGPは4月28日付で「株主提案に関する当社の認識と対応方針のお知らせ」を開示。JALの提案内容には「事実に反する記述が含まれており、少数株主の理解を誤らせるおそれがある」と強く反発している。
実際にAGPは、2021年にはJAL社長との間で「上場維持に向けた覚書」を交わしており、少なくとも2023年8月時点まではJALも協力的な立場にあった。突然の方針転換に対し、AGP側は疑問を呈している。
また、JALが提示した買取価格についても「これまで協議されたことがない」として、透明性と公正性の観点から重大な問題を含んでいると批判した。
委員会が導いた結論:非公開化の必要性は認められず
検証委員会は、AGPが現在有するガバナンス体制、経営資源、成長性を踏まえ、「非公開化による企業価値向上の必然性は見出せない」と明記。少数株主の保護を軽視するかたちでの上場廃止は、社会的信頼や取引先との関係性にも影響を与えると警告した。
さらに、「公正なM&Aのあり方に関する指針」(経済産業省)に照らし、JALの提案は開示・交渉・価格算定などの点で不十分であるとも分析している。
上場維持への道筋と今後の焦点
AGPは5月22日時点で、JALの提案には「同意していない」と明言。今後、特別委員会からの答申を踏まえて取締役会としての最終意見を表明する予定だ。
ガバナンス改革に向けては、すでに独立社外取締役の増員や指名・報酬委員会の設置、ガバナンス・コードへの対応など、自助努力が進められており、「上場維持に値するガバナンス水準に達している」との自己認識が示されている。
今後の焦点は、少数株主を中心とする市場の反応と、JALがこの提案をどのように押し進めるのかに移る。AGPというインフラ企業の将来像をどう描くか、日本の資本市場全体に突きつけられた問いでもある。
一般利用者にとっての影響は?
この対立は一見すると企業同士の資本政策の問題のように見えるが、実際には空港を利用する一般利用者にも間接的な影響を及ぼす可能性がある。
仮にAGPが非公開化され、JAL主導の運営体制となった場合、意思決定の迅速化により空港設備の投資や更新が進み、サービス改善につながる可能性がある。
一方で、JAL以外の航空会社に対する対応が不利になることや、空港内サービスの中立性が失われる懸念もある。また、料金体系の透明性が損なわれることで、空港使用料や搭乗にかかるコストが知らぬ間に値上がりするといった影響も考えられる。
つまり、インフラ企業の支配構造が変わることは、利用者にとっても“じわじわと”サービスの質や公平性に影響を及ぼしかねない。空港を公共性の高いインフラと捉えるならば、今回の問題は、単なる企業統治の議論にとどまらず、市民生活にも波及する問題として注視する必要がある。