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株式会社横引シャッター

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苦境を共に乗り越える「伴走者」足立成和信用金庫と横引シャッターの深い絆

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「人間は不遇になった時、友情のなんたるかを知る」……。群雄割拠の戦国時代を駆け抜け、加賀百万石の大名として名をはせた武将、前田利家の言葉だ。やがて落ちぶれた時、それまで親しく接してくれていた人も、手のひらを返すように離れていってしまう。しかしそのような苦境の時に側にいてくれる者こそ、真の友である、と。

この真の友ともいえる関係を体現している事例がある。

株式会社横引シャッターは東京都足立区で創業し、以来高い技術力と画期的な商品で日本のシャッター業界に新風を巻き起こしている企業だ。またそれだけでなく「定年なき雇用」「ガン患者の雇用」「無借金経営」などの数々の施策で注目を集めている。

今でこそ順風満帆に見える横引シャッターだが、ほんの10数年前まで最大9億円という多額の負債に喘いでいた。現在、同社の代表取締役を務める市川慎次郎氏は当時、経理担当として金融機関や税務署と渡り合っていた人物だ。そして市川代表が当時の苦境を述懐して「感謝してもしきれない」と話すのが、足立成和信用金庫綾瀬支店である。
今回は足立成和信用金庫綾瀬支店の根岸支店長に、地域金融機関と企業経営者の深い絆について伺った。

 

税務署より「1日でも納付が遅れたら差し押さえる」

株式会社横引シャッター 市川慎次郎代表
父が興した株式会社横引シャッターに入社した市川慎次郎現代表は、当初から後継者候補として周りから目されていた。

「私自身、幼い頃から会社を引き継ぐという自覚を持って育ってきました。しかし当時中国に当社の合弁会社があったことから高校卒業後北京へ留学し、清華大学、北京語言文化大学で学ぶことになったので、帰国して入社した時には技術的なことについて全く分からなかった。技術のことを知らない自分がこの会社で何ができるかを模索しながら、総務、経理、営業、クレーム対応など様々な経験を積んでいきました」と話す市川代表。

その中で課題として立ちはだかってきたのが、同社が抱えていた多額の負債だった。
「『開発すれどもヒットせず』の中、9億円まで負債が膨れ上がっていた。その内訳は、給料、税金、仕入代金の未払いが各1億円、そして銀行からの借入が6億円。自分が会社を引き継げばその負債もついてきますので、これをどうにかしなければと思い立った」

さらに帳簿の中身を調べていくうち、さらなる税金の滞納分も見つかった。その額約9000万円。慌てて税務署に駆け込み、必死で交渉した。

「税務署は『月に数百万は払ってくれないと差し押さえをする』、と。しかし『弊社の力で支払えるのは精々月数十万が限度です。だから無理だ。しかし必ず返済すると約束する。決めたことは必ず守る』、と強く伝えました。当初は相手から『今すぐ払ってもらわないと困る』、と突っぱねられましたが、根気強く話を続けると、やっと折れてくれた。『その代わり、1日でも納付が遅れたら差し押さえる』と。あとはこの約束を守り通すために必死にやりきるだけでした」

かくして市川代表の戦いが始まった。社外ではあらゆる営業努力を続け、社内では徹底した経費の削減とスリム化も推進した。綱渡りのような日々。従業員の給料を給料日に満額支払えないこともあった。それでも会社存続のために必死の努力を続ける市川代表(当時経理副部長)の姿を見て、従業員たちは、辞めずについてきてくれた。

これらの努力の甲斐あって、返済額は6年間で合計7億円。税金の滞納分も10年7カ月かけて見事完済した。「今でこそ」と当時を思い出して市川代表は笑うが、戦いの日々の中で何度も襲いかかってきた窮地の時、同社の状況に理解を示して、陰日向にバックアップしてくれたのが足立成和信用金庫だった。

「感謝してもしきれない」

市川代表のその言葉の裏には、足立成和信用金庫との共闘の歴史がある。

 

今も感謝される引落し日の対応

--横引シャッターさんとの関係についてお伺いします。

足立成和信用金庫 根岸支店長
「株式会社横引シャッター様とは1999年から取引をさせていただいておりますので、もう20年以上のお付き合いになります。確かにこの20年の間には順風満帆ではない時代がありました。その頃は、決済のための資金が引落とし日になっても入金されていないこともしばしばありました」

--以前、市川代表にインタビューした際に「残高が不足していた時は足立成和信用金庫から連絡があり、慌てて持参したこともあった」と伺ったことがあります。
「……その頃は本当に経営状況が悪く、引落し日に足立成和信用金庫さんから電話がかかってきていました。『50万の引落しに対して今、20万しか入っていません』と。それですぐに30万をかき集めて自分で持って行く。午後3時を過ぎるとシャッターが降りてしまうので急いで行って、時には信金の入口のチャイムを鳴らして入れてもらったこともありました。そうやって毎月必死で返済していました。私が『これから持って行きます』と連絡しておくと、足立成和信用金庫さんは手続きを後回しにして待ってくれていました。……」(市川代表)

「確かにそういうこともありました。多少時間を過ぎてしまっても、職員に指示して待たせました。それで入金してもらって『これで決済は大丈夫ですよ』と。入金の時間を待つなんて他の金融機関では聞いたことがない、と言われることもあります。しかし、同じ地元足立区で暮らしているわけですし、お付き合いがあるわけですから閉めずに待っていました。市川代表はそれを恩義に感じていただいているようで、今でもお付き合いさせていただいております」

 

「想い」がある企業だから支援していきたい

足立成和信用金庫 根岸支店長の横顔
--金融機関として、多額の債務超過を見た時に厳しいと見るのが普通だと思いますが、なぜ取引をクローズせずに横引シャッターを見守っていこう、と考えられたのでしょうか

「現在では市川代表の経営努力もあって業況も回復されていますが、当時はそうではありませんでした」

「しかしだからといって関係を止めてしまうことが果たして本当に正しいことなのでしょうか。信用金庫はお客様の役に立たなければなりません。当庫の経営理念にも『お客様と共に成長するため』という言葉があります。その理念に照らした時、横引シャッター様をこれからも応援していきたいと考えました」

「当時の横引シャッター様について、こういうエピソードを聞いたことがあります。同社は年末、仕事納めの日に社員総出で餅つきを行うそうです。その年も無事に1年の仕事を終えて、皆で餅つきをされていた。その時、1本の電話がかかってきた。商店街のあるお店から、『シャッターが閉まらなくなってしまった。20以上の修理業者に電話したのだけれど、年末押し迫る中だからどこも直しに来てくれない。シャッターを閉められないから仕事納めができない。何とかしてもらいたい』と。その話を聞いた市川代表は、自分たちも仕事を終えて餅つきの最中だったのにもかかわらず『行こう』と社員を連れて修理に向かったそうです」

「そういう姿勢の会社だからこそ、当庫もご支援したい、最後の最後まで付き合ってみたい会社に思えたのです。確かに決算内容だけを見たら大変厳しい判断が迫られるでしょう。しかし市川代表の理念や、経営数字には表れてこない『想い』を知る当時の綾瀬支店長、担当営業など、皆の総意で支援が決まったのです。従業員の給料を全額支払えず、まず5万円だけ、次に10万円と分けて支払うしかなかった時も、社員がそれを受け入れ、会社を辞めずに仕事を続けている。社員も含めて、そういう想いがあって事業を存続させようとしている企業なのだから、『当庫も最後まで応援していこう』と」

--当時の横引シャッターさんほどの債務超過の状況から復活を遂げるケースは多いのでしょうか?

「私は金融業界に入って20年以上になりますが、今までで数社しか見たことがありません。その中で地道に返済を続け、かつ業績も回復させた横引シャッター様は本当に困難なことを成し遂げられたと思います」

 

さらなる先へも、共に歩んでいく

足立成和信用金庫 根岸支店長が語る横引シャッター
--市川代表は現在「無借金経営」を打ち出していますが、恩義ある足立成和信用金庫は別だと話されています。
「……数年かけて借入を返済しきって再スタートする時に、亡き先代社長との約束『借入金ゼロの無借金経営にする』と決めていましたので、もう銀行借入はするつもりはありません。でも恩義のある足立成和信用金庫さんだけは別です。会社が一番大変な時に手を貸してくれましたから。うちの決算書を見せて、貸せるだけの金額を好きなだけ言ってくれれば借りる、と。これはかけていただいた恩に報いる最低限の姿勢だと思います……」(市川代表)


「今の横引シャッター様ほどの会社なら、都銀や地銀などから相当アプローチがあるのではないかと思いますが、お付き合いを続けていただけるのは本当にありがたいことです。一般に事業規模が拡大したり、好業績の企業は、卒業生金融(企業規模の拡大に伴い信用金庫の会員資格がなくなった企業への融資など)や、メガバンクなどの見栄えが良い銀行との取引を選ぶようになります。しかし横引シャッター様はそうしなかった。事業内容も良くなり全国的に著名な企業になっても、メガバンクとの取引に向かわず、地域金融機関である当庫ともお付き合いをしていただいています」


--このような信頼関係を維持することができたのはなぜなのでしょう?

私自身、一信金マンとして何より大事にしてきたのが人と人との信頼関係です。足立成和信用金庫の看板ももちろんあるのですが、まずは人と人。その繋がりが大切なのだと入庫してから20年以上貫いてきました。そして、その繋がりからビジネスが生まれてくる。売り手と買い手の関係や社会との関連性、お客様の抱える社員やその家族、そして地域との関わりも入ってきます。そうしたステークホルダーと向き合う姿勢が、横引シャッター様とは共有できたのです。今も市川代表は足立区へのアクリルパーティションの寄贈などの地域貢献や、熊本県の地震や豪雨災害への援助に尽力されている。石川県の観光大使としても活動されていますね。これらの直接的に利益に繋がることがない活動へも積極的に参加されています。そういう想いのある企業と共に歩んでいきたい

足立成和信用金庫のクレド

足立成和信用金庫では職員がクレド(理念、行動指針等)を携帯して業務にあたります

 

--市川代表は今後、さらに飛躍し中小企業として新しい道を切り開いていこうと考えています。

「『中小企業の見本になる』といつも話しています。バブル後の『失われた20年』で中小企業は弱くなりました。私の小さい時は、日本の経済を牽引していたのは中小企業でした。しかし今、中小企業は大手企業に負けて弱くなっている。……でも、そうではない。大手企業と同じ土俵で戦わなくても、私たちが戦える場所はまだたくさんある。ブルーオーシャンはある」(市川代表)

「もう既に行く先の一端を見せてくれていますが、今後もどんどん独自性を発揮して、足立区を超えて日本の横引シャッターになっていってもらいたい。中小企業の先鋭として、大手企業ではできないことにどんどんチャレンジしてほしい。そして『日本に横引シャッターあり』、といわれる日本を代表する企業になってほしい。それが私たちの願いです」

--過日、足立成和信用金庫を通じて信用金庫協会から優良企業賞を贈呈された市川代表は「涙が出るほど嬉しかった」と話されていました。両者の「伴走者」としての歩みは、今なお続いているのですね。本日はありがとうございました。

<プロフィール>

根岸 宏一
足立成和信用金庫 綾瀬支店 支店長
・大東文化大学 英米文学科卒業
・平成8年4月 足立成和信用金庫 入庫
・配属店舗
 平成8年4月 草加支店(預金係・営業係)
 平成14年9月 本木関原支店(営業係長)
 平成18年9月 西新井駅前支店(営業係長)
 平成20年10月~12月 イトーヨーカ堂(アリオ西新井)
 平成21年1月 佐野支店(融資係長)
 平成21年9月 八潮中央支店(融資店長代理)
 平成24年2月 竹の塚支店(融資店長代理)
 平成26年2月 中央支店(副支店長)
 平成29年2月 人事部(人事課長)
 平成31年2月 綾瀬支店(支店長)

 

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WRITER
シニアライター
菰田 将司
このライターの記事一覧

1980年千葉県生まれ 筑波大学大学院博士課程中退(台湾留学経験有り)。専門は中国近代政治外交史。その他、F1、アイドル、プロレス、ガンダムなどのジャンルに幅広く執筆。特にガンダムに関しては『機動戦士Vガンダム』blu-ray Box封入ブックレットのキャラクター・メカニック設定解説を執筆(藤津亮太氏と共著)。

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